細谷正充の『ブリタニア列王史』評:ファンタジー的な輝きを放つ “アーサー王ロマンス原拠の書”

細谷正充の『ブリタニア列王史』評

アーサー王について知りたいなら必読の一冊

 はじめて接したアーサー王物語は、アニメの『円卓の騎士物語 燃えろアーサー』だったろうか。アーサー王物語の登場人物は、エンターテインメントの世界でさまざまに展開されてきた。現在でもゲーム関係からアーサー王を知り、興味を覚える人も多いはずだ。

 そんな人にお薦めしたいのが、中世イングランドのキリスト教聖職者、ジェフリー・オヴ・モンマスの著書『ブリタニア列王史』である。本書はこの度、ちくま学芸文庫より文庫化された。その表紙で、“アーサー王ロマンス原拠の書”とあるように、アーサー王について知りたいなら必読といえる一冊なのだ。

 とはいえ本書は、アーサー王のことだけを書いているわけではない。トロイア戦争の後、曲折を経てブリタニア島にたどり着いたトロイア人の子孫がブリタニア王国を建設。以後、ブリタニア人の時代が続くが、七世紀になって追放され、サクソン人の支配が始まる。その二千年にわたる歴史を、歴代のブリタニア王を中心に語っているのである。

 本書は長年にわたり史書として扱われていたそうだが、現在では少しだけ事実があるものの、ほとんどがフィクションだといわれている。翻訳者の瀬谷幸男も「訳者あとがき」で、「著者ジェフリー自身が自由奔放な想像力を駆使し、古来ケルト民族の間に口碑伝承されてきたアーサーに関する諸伝説や年代記作家たちの記述を題材として集成しラテン語で創り上げたもの」といっている。だから私たちは史書ではなく物語として、本書を楽しめばいいのだ。

 著者のジェフリーは、まずブリタニア島の美しさを讃えた後、建国王のブルートゥスから始まり、歴代の王の事績を綴っていく。賢王もいれば、美女に迷ったり、真に自分のことを思ってくれる末娘を嫌う王もいる。著者の筆致は、まさに「講釈師見てきたような嘘を言い」であり、実に詳細なのだ。とはいえ、王の治世が安定している時代は、数十年単位ですっ飛ばし、もっぱら戦争や内紛、人間関係の問題が取り上げられている。まあ、伝承や神話だって、多くの人の興味を惹くエピソードは派手なものが多い。昔も今も、人が好むものは変わらないようだ。だから本書も面白い。もちろん現代の小説とは書き方が違うのだが、ゆっくり読み進めていくうちに、ブリタニア島の“歴史”に夢中になっていくことだろう。

アーサー王は実在したのか、架空の存在なのか

 歴代の王については扱いの濃淡があるが、もっともページを費やしているのはアーサー王である。しかしそれより先に、アーサー王物語の重要人物にページが費やされている。魔術師メルリヌス(マーリン)だ。アーサー王の助言者といわれるマーリンだが、モデルになった人物こそいるらしいものの、そもそもが架空の人物である。本書では第五部「メルリヌスの予言」で、まるごとマーリンの予言が述べられている。妙に具体的なところもあるが、文章の多くが「~であろう」で締めくくられているところが、いかにも予言らしい。後に予言の一部が、アーサー王と結びつけられる。現実でも、ヘンリー・テューダー(ヘンリー七世)が、自らの権威を神話化するためにマーリンの予言をプロパガンダとして利用した。本書の影響が創作だけでなく、リアルにまで及ぶとは、面白くも恐ろしいことである。

 さて、ようやくアーサー王だ。実在人物か、それとも架空の存在なのか、現在でもはっきりしていない。本書の第七部「ブリタニアのアルトゥールス王」で、アルトゥールス(アーサー)王の時代が語られていく。「そのときアルトゥールスは十五歳であったが、既に前代未聞の勇敢にして寛大なる若者であった。しかも、彼はその天性の誠実さゆえに大きな好意を享けて、彼はほとんどすべての人びとに愛されていたのである」と、最初から絶賛されている。そんなアーサー王の時代は、戦いの連続だ。基本的に領土拡張政策であり、諸島を支配、諸国を占拠していく。さらにローマ帝国とも戦争になり、皇帝のルキウスを破った。

 しかしアーサー王が遠征中に、ブリタニア島の統治を委託していた甥のモードレドゥスが僭王となる。さらにアーサー王の正妃であるグエンフウァラ(グウィネヴィア)と情を通じる。これを知ったアーサー王は遠征を中止し帰国。そしてモードレドゥス陣営との戦いで瀕死の重傷を負うと、傷を治すためにアヴァロンの島に運ばれて、アーサー王の物語は終わるのだ。はっきり書かれていないが、そこで死亡したのだろう。

 アーサー王のエピソードには、ファンタジー的な光彩を放つものもあり、とにかく面白い。本書のストーリーをベースに、以後、さまざまな肉付けや変更がなされて、世界的に有名なアーサー王物語が創り上げられていった。後世の創作に影響を与えたアーサー王物語は、中世ウェールズの物語を集めた『マビノギオン』などもあるが、やはり本書の存在が大きい。アーサー王物語の“原拠の書”を手にして、あらためてその変容を確認してみてはどうだろうか。

 なお、最終部となる第八部「サクソン人の支配とブリトン人の国外追放」で、アーサー王以後のブリタニア王のことが書かれているが、かなり駆け足である。アーサー王に力を入れすぎて燃え尽きたのか、それともアーサー王以後は興味がなかったのか。実際はどうだか分からないが、著者の人間らしさが窺えて、なんだか微笑ましい気持ちになってしまった。

■書誌情報
『ブリタニア列王史 アーサー王ロマンス原拠の書』(ちくま学芸文庫)
著者:ジェフリー・オヴ・モンマス
翻訳:瀬谷幸男
価格:1,760円
発売日:2025年8月8日
出版社:筑摩書房

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