爆死する力士、頭のない前頭、伝説の黒力士……“あらすじ”だけで話題騒然『大相撲殺人事件』はただの奇書ではない?

■終盤「黒相撲館の殺人」の凄まじさ
特に最後に収録されている「黒相撲館の殺人」は凄まじい。宿に向かう途中で嵐に見舞われた千代楽部屋の一行は、山の中に建つ不気味な洋館にたどり着く。携帯は圏外、帰り道は土砂崩れで埋まったため、千代楽部屋の力士たちはやむを得ず洋館に助けを求める。館の主人は、顔面を包帯でグルグル巻きにして片目だけを覗かせた、力士っぽい巨大な人物。館には歴史の裏で暗躍した暗殺相撲の使い手であり、時の為政者によって存在ごと抹殺された「黒力士」たちの伝説が伝わっており、マークら千代楽部屋の力士たちは恐怖の一夜を過ごすことになる。
これ以上ないくらい、ミステリとしてはコッテコテの道具立てである。しかし同時に、そこで語られるのが「歴史の裏に葬られた、黒力士の伝説」である。何を読まされてるんだ、これは……と思いながら、力士たちが次々に惨殺されていく展開にページを捲る手が止まらない。独特すぎる読書体験である。
このように、『大相撲殺人事件』を支えているのは、奇抜な発想に加えて小森氏のミステリ作家としての地力である。ミステリとしての基礎がちゃんとしているから、ただ単純に力士が次々殺されるだけの出オチのような小説になっていない。死ぬほどバカバカしいのに、トリックやオチが気になるという、絶妙なバランスに仕上がっているのだ。真面目な顔でひたすら妙なことを言い続けている人を間近で見ているような感じがある。
と同時に、力士という存在の圧倒的パワーも強く感じる。なんというか、もう全部力士が出るだけで面白くなっちゃうのである。なんなんですかね、力士。相撲以外の場に出てくるだけで大体面白くなる。「あるシーンで突然ニンジャが現れて、全員と戦い始める方が面白くなるようであれば、それは充分によいシーンとは言えない」というのがサプライズニンジャ理論だが、まんまニンジャを力士に置き換えても成立しそうである。一回こっきりの飛び道具だが、エンターテイメントの手練れがうまく繰り出せば圧倒的な破壊力を生む武器、それが「力士」なのかもしれない。
ということで、ジャンル小説と「力士」の組み合わせは想像を絶する破壊力を生み出すことを証明している『大相撲殺人事件』。2008年に発売されたいささか古い本でもあり、正直男女平等や性転換、同性愛といったトピックの扱い方に関しては手つきの古さを感じる場面もある。しかし、サブライズ力士理論(最初からずっと力士は出ずっぱりなのでサプライズではないものの)の提唱作にして実践作として、その価値はいまだに衰えていないはずだ。























