超能力を持つ一族の戦前から現代へと至る歴史を活写するーー実石沙枝子『扇谷家の不思議な家じまい』評

実石沙枝子『扇谷家の不思議な家じまい』評

 新鋭・実石沙枝子が、作品世界を拡大している。第四長篇の『扇谷家の不思議な家じまい』を読んで、そう思った。では、何がどう拡大されたのか。

 作者の作品には、ふたつの特徴がある。ひとつは、少女が主人公であること。もうひとつが、ファンタジーの要素を盛り込んでいることだ。しかし第三長篇『17歳のサリーダ』では、ファンタジーの要素ではなくフラメンコを使って、生き方を見失っていた少女の再生を描き切っていた。そして本書だが、ファンタジー要素を盛り込みながら、超能力を持つ一族四代の歴史を活写してのけたのである。複数の人物の視点で捉えられた、戦前から現代へと至る歴史に、作品世界の拡大を強く感じた。もちろんストーリーも、抜群に面白い。

 地方都市の天島市で造船業を営んできた名家・扇谷家には、ある秘密があった。明治の初めに日本にやって来た魔術師の女性の子孫とされる扇谷家に生まれる女性は、みんな、不思議な能力を持っているのだ。能力の種類は「千里眼」「予言」「過去視」「言葉なき者の声を聞く」の四つである。また能力を守るためか、扇谷家の人は、早くから一族と関係の深い家の人との結婚が決められている。もっとも時代が変わり、そのあたりのことは少し緩くなっているようだ。

 物語は2025年4月から始まる。視点人物は、扇谷家の血を引く、大学二年生の中原立夏だ。両親に連れられ、空き家になって久しい扇谷の屋敷の掃除にきた立夏は、もうすぐ百歳になる曾祖母・扇谷時子の〝予言帳〟を発見。簡単なエンディングノートらしく、自分の死についても予言されていた。

 長年にわたり予言によって一族を繁栄させてきた時子は、近年、認知症が進んでしまい、高齢者施設に入院している。屋敷は市に寄付する予定。ただし寄付するには、屋敷の庭にある桜の木を伐採しなければならない。その桜の木に憑いているらしい死者の声を立夏だけが聞くことができた。認知症が進んでから、「わたしは人を殺した、裏庭の桜の木の根元に死体を埋めた、末代まで呪われる運命だ」と繰り返し言い続けた時子の言葉は本当なのか。立夏の話すことのできる死者が、殺された人物なのだろうか。読者の興味を惹く謎を提示して、ストーリーは別の時間軸に移る。

 以後、1990年5月の扇谷家の人々を、中原徹(後の立夏の父)の視点で描く。1986年6月、一族と関係の深い糸田家の麦彦と結婚する、千里眼の扇谷恵美子の視点で、特殊な一族に生まれた女性の苦悩が綴られる。といった具合に、あちこちに時間は飛び、視点人物を変えながら、ジグソーパズルのピースを埋めるように、90年近くにわたる一族の歴史と、四代の人々の感情が露わになっていくのである。

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