宮本輝、初の大河歴史小説『潮音』が圧巻の面白さ! 富山の薬売りが見た、幕末から明治の激動

宮本輝、初の大河歴史小説『潮音』が圧巻の面白さ! 富山の薬売りが見た、幕末から明治の激動

 宮本輝の新刊『潮音』が、四ヶ月連続で刊行された。しかも全四巻の大作は、作者初の大河歴史小説である。実は四巻が出るまで読むのを我慢していたのだが、いざ手に取ったらページを繰る手が止まらない。結局、二日で読み切ってしまった。それほど面白い作品である。

 物語は、越中富山の薬売りの〝わたくし〟こと川上弥一が、幕末から明治にかけての自分たちの歩みを、話を聞きにきた人物に語るというスタイルで進行する。このスタイルに意味があるのだが、それは後で触れよう。

 越中八尾の紙問屋「川上屋」の長男の弥一は、なぜか富山藩の命により、城下にある薬種問屋「高麗屋」に預けられた。しかし仕事らしい仕事はなく、百五十日以上も、廊下の突き当りに座り、誰とも話さない日が続く。その間、聞こえてくる世間話に耳をそばだてたり、自分の心にあった慢心に気づいたりした。また、藩の反魂丹役所の役人・緒方喜重郎から「弥一に求められておるのは才ではない。大きな心だ」といわれるが、その意味はまだ分からない。

 やがて、越中富山の薬売りの「薩摩仲間組」に入った弥一。富山の薬売りは、密約により、薩摩藩の密貿に協力している。薩摩藩と深くかかわるようになった弥一は、幕末の動乱の渦中を生きていくことになるのだった。

 薩摩藩と富山の薬売りが手を結んで密貿易をしていたことは史実である。これを扱った先行作品もあるが、面白い題材に目を付けたものだ。とはいえ密貿易自体は、物語のひとつの要素に過ぎない。黒船来航・安政の大獄・桜田門外の変という大きな騒動や事件が起き、時代は幕末へと突入。弥一は京で暮らしながら、密偵のようなことをするようになる。尊王攘夷派の志士が弾圧された〝寺田屋事件〟に微妙にかかわったりするが、弥一も「薩摩仲間組」も、富山の薬売りという立場を崩さない。

 もちろん薩摩藩とは強い繋がりがある。弥一は、薩摩藩御製薬掛目付の園田矢之助に親しみを感じている。だが、あくまでも仕事の関係だ。禁門の変のとき弥一たちは、「薬隊」の幟を立てて薩摩藩の斥候を務める一方、命の危機にある市井の人々を助けるために奮闘する。そこに富山の薬売りの矜持があるのだろう。

 さて、弥一はこの時代の商人としては驚くほどの情報通である。だが、リアルタイムでは知らないことも多い。ここで明治になってから過去を語るという、本書のスタイルが生きてくる。現在の時点で得ている情報や知識をフィードバックしながら、過去を語ることができるのだ。それにより複雑な時流が、広い視野から分かりやすく説明されている。優れた小説技法といっていい。

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