杉江松恋の新鋭作家ハンティング 暴走族が自慢する「ガチで半端ねえ機械」とは? 天沢時生『すべての原付の光』

天沢時生『すべての原付の光』レビュー

 『実話ナックルズ』と『エピステーメー』が滋賀県で偶然出会ったように美しい。

 なんとなくロートレアモン風に書いてみたが、思想雑誌『エピステーメー』が終刊してから半世紀近く経つ今となってはわかりにくい喩えになってしまった。『実話ナックルズ』のところは『チャンプロード』でもよかった気がする。

 それはさておき、天沢時生『すべての原付の光』(早川書房)である。商業出版としては、初の単行本のはずである。天沢のデビュー作はトキオ・アマサワ名義で2018年に第2回ゲンロンSF新人賞を獲得した短篇「ラゴス生体都市」だ。そのデビュー作と同年に発表された短篇「竜頭」、名前を現在のものに改めた2021年以降3作、計5作が本書には収録されている。その間には第10回創元SF短編賞を受賞した「サンギータ」などの短篇があるのだが、収録されていない理由はよくわからない。

 そんなことより表題作、「すべての原付の光」である。初出は『SFマガジン』2022年8月号だ。天沢作品は初めてだったため、最初に読んだときは呆気にとられたことを覚えている。書いてあることの意味はわかるのだが、何を言っているのか理解できないのである。いや、なんのためにこんなことが書かれているのがわからないと言うべきか。要するに、天沢時生に負けたのだ。小説に圧倒されてしまった。

 話としてはごく短い。舞台は滋賀県近江八幡市である。湖東エリアの地域情報誌編集部に勤める記者がそこに住む時代錯誤な暴走族を取材にやってくる。上司の命令だから仕方ない。地域情報誌なのにそんな記事を載せてどうするんだと思うが命令だから仕方ない。

 プロフィールによれば天沢自身の出身地だそうなのだが、でなければ絶対書けないほど、近江八幡市が治安極悪地帯として書かれている。通りかかった地区掲示板には二期前の首相ポスターが放置されており、「目元はサングラスで覆われ、口にはギャングの極太の葉巻、お腹の前で組んだ腕の上にはアニメ調の下手くそな猫のイラストが描かれ」ているという体たらくだ。しかも猫の口からは「殺すぞ……」とセリフの入ったフキダシが延びているのである。あたりの家に停められた車はみんな改造されていて車高がやたらに低い。

 不良、と表記される暴走族の指示に従って記者はガレージに入る。「ガチで半端ねえ機械なのさ」と言って不良はお気に入りの機械を自慢し始めるのである。

 と、ここまでの数ページを読んできた者には違和感しかない記述が文章に混じるようになる。不良の言う機械とはいわゆる族車とは程遠い。「ハイエースを横向きに三台並べたくらいのデカさがあり、長い砲身を持つ外見はキャタピラのない戦車のよう」なのである。「一体この機械は何なのか。私は凡庸な田舎ヤンキーを取材しに来たはずだが?」と記者が訝しむのは当然で、次の行で文章は異次元領域に入っていく。そこからは祭りだ。「地方ヤンキーの心の恋人」ことストロングゼロに酩酊した人間が書いているとしか思えない、狂騒的な瞬間の連なりが描かれ、読者から四の五の言うような余裕を奪い取るのである。

 まったく異質なもの同士を衝突させることによる効果、それらの熱量を消費するだけで終わらせるのではなく、大法螺話とも新たな神話ともとれる物語構造の中にそれを落とし込んで着地させ、前半部に振り撒いた伏線をも回収する職人的な技巧の細やかさをも見せつけた上で納得の結末へと読者を導く手腕は驚嘆に値する。最も大事なものは異質なイメージをいかに結びつけるかという言語遊戯の要素だと思うが、本作ではルビの技巧がこれでもかというほどに使われており、文章中に登場する単語を眺めるだけでも楽しい。まさに言語の潮干狩り、こんなの発見しちゃったんですけど、と人に見せびらかしたくなるほど、肉がぷりぷり詰まった言葉がそこらに転がっているのである。

 これがたぶん、私が初めて読んだ天沢時生だと思う。次の「ショッピング・エクスプロージョン」は伴名錬編のアンソロジー『新しい世界を生きるための14のSF』(ハヤカワ文庫JA)に採録されているので、お読みになった方もいるだろう。

 2049年に始まる未来を舞台にしたSFだ。この時代、世界規模の資源枯渇により人類は危機に瀕していたが、超安の大聖堂サンチョ・パンサの創業者コモミ・ワタナベが考案した、人の手を介さず自然増殖するバイオ商品『自生品(プロダクトレス)』により救われる。

 だがワタナベの死後、管理者権限が失われたために全世界7万2千店を数えるに至っていたサンチョ・パンサは一斉に制御不能と化して自生品も無間増殖を開始、ディスカウント・ストアの群れに世界は飲み込まれてしまうのである。

 ここまでが基本設定というか冒頭で説明されていることで、以降は使命を背負った主人公が世界を救うために世界の中心を目指すという『指輪物語』的展開になる。世界の中心とはどこか。コモミ・ワタナベが最期に遺した言葉の中に道標はある。

——いつでも満足不思議な店内(ジャングル)の奥深く、ドカンと夢あふれる宝を隠した。探せ、当店のすべてをそこに置いてきた。

 元ネタが何かを説明する必要は今さらないだろう。偉大なるDの一族の物語なのである。この場合のDは、ドン・キホーテのそれだ。これも今さら説明する必要もあるまいが、サンチョ・パンサとはかの騎士の従者の名である。

 ひたすら奥へ奥へ、世界の中心へと突き進むという単純な物語構造で、それゆえ尋常ならざる疾走感があるのだが、作者はこれに相棒小説の親近感を付け加えた。ストリートキッドのルーキー・ハービーと、密林崩しことベテラン・セロニアスのコンビが次々と迫る危機を乗り越えてワンピ、いやコモミ・ワタナベの財宝に挑むのである。

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