立花もも新刊レビュー 他人事ではない“怖さ”を突く芦沢央の新作、今後が気になる注目ファンタジー登場

長谷川まりる『アリーチェと魔法の書』(静山社)

長谷川まりる『アリーチェと魔法の書』(静山社)

  本作の主人公・アリーチェも一つの嘘をつくけれど、こちらは自分というより世界を守るためのもの。

  ありふれた書店に見える彼女の実家は、実は魔法使いたちの御用達。というのも店には、この世に一冊しかない、あらゆる呪文をおさめられた「魔法の書」が保管されていて、魔力をもたず呪文を知ることの決してできない《守り手》の一族――アリーチェの家族が管理しているからだ。ところが13歳の誕生日の夜、正式な守り手として承認される儀式でアリーチェは、自分が「読める」ことを知ってしまう。読める者が「魔法の書」を手にするということは、呪文を独占できるということ。そうなれば、魔法使いのあいだでも、書物の奪い合いが起きてしまうということで、彼女は「読めない」と嘘をつくのだけれど。

  これが、期せずして、アリーチェを最悪の事態から救う。もし「読める」ことがバレたら、忘却の魔法をかけられて天涯孤独にさまようはめになっていた、と聞かされてアリーチェはぞっとする。守り手は書物の管理者といいながら、その実、魔法使いのために生かされ、子孫を生むことを義務付けられているのだ。本人の意志とは関係のないシステムに縛られている今を、打破するためにアリーチェは旅に出ることになるのである。

  誰かが命がけで守ってきた伝統と、それに支えられたこの世のありさま。それをくつがえすのは簡単なことではないし、何より大事な家族を傷つけることにも繋がってしまう。けれど、それでも「こんなのおかしい」と思う世界を変えるために、自分の大切な人たちと、なによりもともとは憧れであった「魔法」を守るために、友達と一緒に戦うアリーチェの姿に、読みながら心が強くなっていく気がする。「こうあるべき」に屈しないアリーチェを通じて新しい景色をも見せてくれる、心躍るファンタジー小説である。

庵野ゆき『竜の医師団』1~4巻(東京創元社) 

庵野ゆき『竜の医師団』1巻(東京創元社)

  こちらもファンタジー。タイトルどおり「竜のお医者さん」の物語なのだが、こちらの主人公・リョウもまた自身の出自に縛られていて、教育を受けることすら許されていない一族。ところが、育ててくれた孤児院の院長は「手伝いをさせているうちに勝手に学んでしまった」というていで、リョウに文字と知識を教えてくれた。それがバレて追われる身になりながらも、〈この国の良心は、あの方と同じ姿をしているだろう〉〈またこの国の幸運は、おれと同じ姿をしているだろう〉と回想する二行にまず、ぐっとつかまれてしまった。表現が美しいし、リョウの心根のまっすぐさが伝わってくる。それを育んでくれた孤児院の院長の優しさも。

  そんな彼が、やはり家を捨てたレオニートとともに、竜の医師団に入るための試験を受けたのは、まずもって、出自にとらわれることなく自由に生きる権利を得られるのが、その場所だけだったからだ。けれど、この世界に生きる竜とリョウの出自は深い因縁をもち、とある優れた能力をもつリョウは、巨大な命に真摯に向き合いながら、医師のたまごとしてレオニート(と、こにくたらしいところがかわいい“先輩”のリリ)とともに成長していく。

  庵野さんは二人の作家の共同名義なのだが、おひとりは医師でもあり、その知識にもとづく竜の病症もとても興味深い。人間と似ているようでまるで違う生態に向き合いながら、病理を明らかにしていく過程はミステリー小説のようでもあるし、安楽死・尊厳死の問題や、優勢思想にもつながっていく、人間とも無縁とはいえない命の問題に向き合っていく姿には、人間ドラマとして胸打たれるものもある。竜と人の歴史を重ね、巻を追うごとに世界の奥行を広げていく同シリーズ。はやく新刊が読みたくてたまらない。

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