立花もも新刊レビュー 金原ひとみ・村田沙耶香 傑作の呼び声高い小説が同時期刊行 比較して見える共通点

立花もも おすすめ新刊小説

 発売されたばかりの新刊小説の中から、ライターの立花ももがおすすめの作品を紹介する連載企画。数多く出版されている新刊小説の中から厳選し、今読むべき注目作を紹介します。(編集部)

金原ひとみ『YABUNONAKA ヤブノナカ』(文藝春秋)

金原ひとみ『YABUNONAKA ヤブノナカ』(文藝春秋)

  こんなにも、人の言い分は食い違うものなのかと、読みながらくらくらしてしまった。文藝誌『叢雲』の元編集長・木戸悠介は、かつて担当していた作家・長岡友梨奈と、ちょっといい雰囲気になった瞬間がある、と信じてロマンティックな思い出を抱き続けている。だけど当の友梨奈は、それを「ゾッとした」「寒々しい」記憶として刻んでおり、編集者としての彼のことも軽蔑している。

  そんな木戸が、過去に関係をもった女性からSNSで性加害を告発されるのだが、ふつうに恋愛していただけのつもりの木戸には、その告発がピンとこない。自分だって、精神的にも物理的にも時間と労力を割いて向き合ってきたのに、と理不尽にすら感じている。そんな食い違いの積み重ねで、人は加害者になり、被害者になる。それは、この世界のそこかしこで起きている現実だ、と読みながらぞわぞわしてしまった。友梨奈が、自分とはタイプの異なる娘のことを理解しようとして、的外れな分析と解釈を重ねていることも、おそらく彼らはどこまでいっても、決定的にわかりあえないのだろうということも、きっと自分と周囲との関係にも現在進行形で起き続けていることだと、わかるから。

  友梨奈のなかには、〈善悪の判断をし、悪を徹底的に潰さなければならない、間違っているものを排除し世を正さなければならないという、それはもう悪のような正義感が渦巻いている〉。男女の不平等は許さないし、弱者が泣き寝入りするしかないような世の中はおかしいと声高に主張する。その言い分は、正しい。けれど、自分と直接的に関係のないことにまでそんなに心を砕かないでほしい、そうでなければ壊れてしまう、と年下の恋人が心配するように、危ういものでもある。友梨奈は作家だから、正義感を貫けば人間関係が破綻して、社会に居場所がなくなってしまう人たちとは違うから、そんなにも正しさを振りかざして強く出ることができるのだと娘が指摘するように、誰もかれもがそんな生き方を選べるわけではなく、むしろ人としてまっとうなことを言っている彼女を疎んじる空気のほうが、世の中には強い。

  だから、つい、思ってしまう。友梨奈の言いたいことはわかるけど、ちょっと過激すぎる。もうちょっと、グレーゾーンを持ったほうがいい。そして、ぞっとする。だってそれは、波風を立てずに黙っておけ、ということと同義だ。どうして社会を構成する一人であるという自覚をもって、問題の一つ一つに向き合わないのか。考え続けるのをやめてしまうのか、という友梨奈の怒りが突き刺さり、同時に、どうにもならない現実を前にあきらめを持つことも必要なのだと悲鳴をあげる娘・伽耶の言い分にも、心を寄せる。そんなふうに、食い違うそれぞれの言い分に、それぞれ納得しながら読み進めるうち、何が正しいのかわからなくなってしまう。

 〈結局のところ、自分の意志など時代や環境の中で作られていくものであって、自由意志など幻想に過ぎない〉と友梨奈が自覚しているように、たぶん明確な、普遍的な正しさなんてないのだ。だからこそ、あまりに急激に価値観が覆され続けている現代では、人々の食い違いも断絶も激しくなっている。でも、それでも、一人でも多くの人が生き延びられる社会をつくるために、理解し合えない他者と共存していくために、私たちはどうするべきなのかという問いが、本作には詰め込まれている。

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