立花もも新刊レビュー 他人事ではない“怖さ”を突く芦沢央の新作、今後が気になる注目ファンタジー登場

 発売されたばかりの新刊小説の中から、ライターの立花ももがおすすめの作品を紹介する連載企画。数多く出版されている新刊小説の中から厳選し、今読むべき注目作を紹介します。(編集部)

芦沢央『嘘と隣人』(文藝春秋)

芦沢央『嘘と隣人』(文藝春秋)

  嫉妬を理由に兄を殺した弟が、その罪を隠すために兄の居場所を「知らない」と答えた。それが人類にとって最初の殺人であり、最初の嘘。それがすべて、誰かのためではなく、自己の承認欲求と保身のために行われたものだということが、なにより罪深いことである気がする。でも、嘘って、そういうものだ。子どもが最初に意思をもってつく嘘も、たいていは、失敗したり悪戯したりしたことを隠すため。ほんの一瞬、この場さえやりすごせれば。その保身が、さらなる悲劇を起こすことになったとしても、誘惑に打ち勝てずにごまかしてしまう。

 『嘘と隣人』は、元刑事の正太郎が、そんな日常にあふれるさまざまな嘘を見抜いていく物語だ。「地獄は始まる あなたの隣の悪意から」と帯にはあるけれど、悪意と呼ぶにはあまりに必死な、自分の立場や評判を守ろうとする気持ちに覚えがありすぎて、読みながらぞっとしてしまった。とくに、妻の友人に依頼されて、彼女の夫が痴漢冤罪でつかまった真相をさぐる短編「最善」。正義感が強く、間違ったことを許さないはずの、夫の真の顔が明らかになっていく姿に、私たちはこうして、嘘を嘘と気づかないまま、自分に都合よく現実を受け止めていくのだろうなあ、とも思わされて、ひやりとした。

  外国人技能実習生の死をめぐる「祭り」でも、「息子のように思っている」と言いながら、実習生を過酷な環境に置く経営者が登場するけれど、それもまた彼女が無意識に現実をねじまげて、自分についている「嘘」なのだろうなあと思ったりもして、事件の本筋に関係ないところでも浮かびあがる小さな嘘の数々に、こうしていつしか人間関係がひずんで事件は起きるのだろうと思わされるところも、怖かった。本当に、他人事ではない人の弱さを突いて物語にするのがうますぎる作家である。

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