『べらぼう』で注目、江戸時代の食文化の魅力とは? 江戸料理文化研究家・車浮代の『味と人情』評

池波正太郎らが描く「江戸料理」の物語

 第五編は、奇譚物の名手・岡本綺堂の『鯉』。川魚料理屋で、なぜか鯉の洗いに手を付けない老人に、若者たちが理由を尋ねると……。

 私が信州に住んでいた約30年前、鯉こく用の鯉のぶつ切りが、パックに入ってスーパーの鮮魚コーナーに置いてあった。黒灰色をした全長15cmほどの鯉が、姿そのままで四当分の丸太切りにされているのだが、他の鮮魚ではありえない量の血が、切り口から溢れ出していた。それを見て以来、しばらく鯉が食べられなくなったことを思い出した。寿命が長く、生命力が強いだけに、いかにも祟りそうな「鯉」である。

 第六編は、脚本家でもある土橋章宏の『隠し味』。『超高速!参勤交代』を始め、土橋作品は続々映像化されている。七人の作家が池波正太郎の『鬼平犯科帳』の世界にチャレンジした中の一作だが、本家との差を全く感じなかった。

 主人公は一膳飯屋「萩屋」の料理人の利吉。この料理屋、材木商で成功した主人が道楽でやっているため、こだわりの料理が格安で食べられるという繁盛店(是非近所にあって欲しい)。一人娘も素直で可愛く、理想の職場で信頼も厚いというのに、利吉は盗賊の一味の引き込み役である。「おい、良心の呵責はないのか?!」と突っ込みつつ読んでいくと……。ともあれこの料理、私も作ってみようと思う。

 第七編は『桃太郎侍』シリーズで高名な山手樹一郎作『うどん屋剣法』。家老の跡取り息子という、恵まれた身分に生まれながら、己が力量を過信し、今で言うアダルトチルドレンに育ってしまった秋葉大輔。義兄にも馬鹿にされ、堕ちるしかない大輔の前に、申し分のない女性が現れ、献身的に尽くしてくれる。彼女の人となりを見て己を恥じた大輔は、矜持を捨て、屋台のうどん屋をやりながら、剣術を磨くこととなる。愛情に溢れた一作である。

 第八編は、多くのシリーズ作品を持つ、田牧大和の『藍千堂菓子噺』シリーズの中の一作、『四文の柏餅』。バラエティに富んだ料理とテイストを味わわせてくれた〆に、甘味を持ってくる辺り、細谷氏の編纂は心憎い。

 天才菓子職人だが経営に疎い兄の晴太郎と、しっかり者でアイデアマン、加えてイケメンの弟の幸次郎。亡き父の味を踏襲しつつ、自分たちを追い出して店を分捕った叔父から、いつか店を取り戻そうと奮闘中だ。

 晴太郎は、端午の節句に安価な柏餅を売りたいと言いだし、弟を激怒させる。高級品と大衆向けの二種類の柏餅を売り出すことで落ち着くが、叔父夫婦は、あの手この手で兄弟を妨害する。一服の清涼剤のような叔父の娘・お糸の助けもあって、兄弟はこの困難に立ち向かっていく。最後を飾るにふさわしい、清々しい一作だ。

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