森健の『BiS研究員』評:推し活なんて、生ぬるいーーカオスなエピソードに滲む、喪失感と感傷

森健の『BiS研究員』評

「推し活なんて、生ぬるい」

 昨今の「推し活」という言葉に対して、本書の著者はそう言い切る。そう言い切れるのは、それだけの経験と興奮、そして苦みを経ているからだろう。

 BiS(Brand-new idol Societyの略)というアイドルグループが生まれたのが2010年末。解散や変転を経て第3期が2025年1月に解散した。BiSのファンは研究員と呼ばれる。BiS研究員においてはBiSをめぐって個々の思いがあり、人生がある。本書はそんなBiS研究員を描いた本だ(本書で描かれるBiSは2014年7月までの3年半ほどの第1期に限られる)。

 そもそもBiSというグループ自体、そう著名というわけでもない。だが、著者が描こうとするのはその主役のBiSではなく、研究員=ファンというきわめて狭いコミュニティだ。それでも著者には書かざるをえない思いがあった。著者はこう書く。

「研究員はライブやSNSでは狂っていた。その狂う様、それがそのまま生き様だった。2010年代の初頭に研究員を見ていた私には、2020年代の推し活という言葉は、生臭く感じてしまう」

「研究員に関する記録は少ない。というよりも、そもそも存在しない。(略)研究員とはなんだったのだろうか」

 そんな動機から取材をしていった。本書に出てくるのは研究員やその家族、元メンバーなどだが、そもそも著者自身がBiS研究員の一員であり、ある種メモワール的な筆致にもなっている。

 大きな構成としては、時系列に沿った出来事を軸としながら、研究員の人たちにその折々について尋ねていくという形だ。ただ、個々の研究員の経験や思い出に触れるため、話は3年半の間の行ったり来たりを繰り返す。また、用語などの説明は抑えられているため、細かいことがわからない部分も少なくない。

 にもかかわらず、その会場(研究員は現場と言う)での熱気や盛り上がりは、不思議なほどに伝わってくる。Kんという研究員はこう語っている。

「BiS階段って、いつもぐちゃぐちゃになるけど、難波BEARS(2013年9月28日)は臓物でぐちゃぐちゃになって。もう慌てて、近くの銭湯に行ったら、みぎさん(みぎちゃん・研究員/ヒロノノゾミ推し)と会うみたいな感じでしたね。あと、姫路の太陽公園(2014年3月29日)。あそこで僕、オムツを履かされたんですけど、それは個人的にしんどかった」

 ここだけ読んだ人は何が起きてどうなっているのかさっぱりわからないだろう。

 としまるという研究員はこう記されている。

「そのなかで、としまるはたしか一番年上であり、ソフトな語り口の紳士という印象だった。そのとしまるが、ある日から突然、実寸代の便器を自作し、前掛けのように装着して現場に現れるようになったのだ」

 ライブの風景も想像を超える。

「アンコール終盤は、蒲鉾本舗高政のかまぼこが観客にまかれ、気づくとプー・ルイとコショージメグミが2階からかまぼこを投げていた。フロアを見ると、カミヤサキとテンテンコが観客の頭上を歩いてる。しかもステージから相当な距離まで進んでいる」

 カオスだ。だが、カオスだからこそ盛り上がっている様子が伝わる。他の現場では、全裸になってフロアにダイブする研究員も珍しくなく、それに負けじとBiSのメンバーまでダイブしている。そんなカオスな熱狂を求めて研究員たちはBiSの現場に集まっていた。

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