円堂都司昭の『BiS研究員』評:研究員はアイドル・ファンの新しい楽しみ方を研究開発していた

宗像明将によるルポルタージュ『BiS研究員 IDOLファンたちの狂騒録』は、なかなか特異な内容である。今ではなかば伝説化された第1期BiSをめぐる本だが、この女性アイドル・グループの歩みをふり返りつつ、それ以上に書名通り、「研究員」と呼ばれたBiSを愛するオタクたちの人間模様を追っている。そこには“アイドルが好き”という範囲に収まるとは思えない行動が少なからずみられ、なんとも不思議な気分にさせられるのだ。
2024年7月8日、東京都新宿の歌舞伎町シネシティ広場で、BiSの第1期メンバーが一夜限り再結集し、フリーライブを行った。人が集まりすぎて予定より早く終了したことが、注目度の高さを示していた。2010年に始動し、解散と再結成を繰り返したこのグループのなかでも、2014年に解散した第1期は特別視されている。メンバーだったファーストサマーウイカがその後、バラエティで活躍するほか、大河ドラマにまで出演する女優になり知名度を上げたこと、BiSを世に送り出したWACKが続いて手がけ、後継グループ的な位置にあったBiSHがブレイクしたことなどが、第1期の神格化に拍車をかけた面はあるだろう。
だが、そもそもBiSの仕掛人・渡辺淳之介の戦略が、全裸に見えるPVの公開、ノイズ・バンドの非常階段とのコラボなど、挑発的なものだった。メンバーもライブでダイブするなど、正統派アイドル的な可愛らしいふるまいからは逸脱していた。路線変更してメイド服で萌えソングを歌う「アイドル」を新曲にすると発表した後、実際にはハードコアな「IDOL」を投下して研究員を戸惑わせ混乱させた騒動など象徴的だ。
前記コラボのBiS階段もカバーした戸川純のように、かつてならばロックに分類されていたような曲調やパフォーマンス、キャラクターも、現在ではアイドルが演じるものの一部となっている。パンク、ファンク、ヒップホップ、エレクトロ、プログレなど様々な要素を吸収してアイドルという概念は拡張され、“アイドルらしからぬ”という表現もアイドルへの誉め言葉となって久しい。そうした変化をうながした1つが、BiSの存在だったのは間違いない。その過程には、時に会場が暴動のようになった“アイドル・ファンらしからぬ”研究員たちの存在があったことを『BiS研究員』は伝えている。
本書には、2011年の東日本大震災で被害を受けた女川市のかまぼこ屋四代目が復興に奔走するなか、2012年にBiSを現地イベントへ出演要請したエピソードが出てくる。ゲリラ豪雨に襲われたものの、研究員がブルーシートを広げるなどしてライブを敢行し、場を盛り上げるくだりは感動的だ。だが、2013年にまたBiSが女川町の催しに訪れた際、研究員たちが自転車ごと人をリフトする「チャリフト」、着ぐるみ、女装、ダンディ坂野のコスプレ、スクール水着、組体操など、ふだんの会場での馬鹿馬鹿しいノリを持ちこんだという記述にはあっけにとられた。被災地だからといって湿っぽくならなかったことが、かえって地元では歓迎されたらしい。2014年に都内で行われたライブにおいて、女川町との縁で届けられた大量のかまぼこをメンバーが投げまくる場面も、かなり変である。アイドルのステージでは通常、かまぼこは飛ばない。
ほかにも本書には、研究員が神輿、ブートレグTシャツなどを作ったり、第1期BiSの解散ライブに本物の花輪や献花台を出したなど、クリエイティブな面が書かれている。なかでも、メンバーが楽屋のトイレに閉じこめられたエピソードにちなみ、実寸大の便器を作り、体の前に装着して現れるようになった研究員の話は、なぜそうしたのか、理屈がまるでわからない。ライブ会場で彼は、便器姿のままリフトもされたという。研究員のこれらのクリエイティビティは、BiSメンバーやオタク仲間を相手にしたパフォーマンスのようにも思える。便器の装着に至っては、現代アートっぽくもある。
BiSとは、新生アイドル研究会=Brand-new idol Societyをコンセプトとしてスタートしたグループである。先に述べた通り、アイドルの意味を拡張した点では、既存のものを研究するよりは新しい方向を開発したグループだった。本書を読んでいると、研究員はBiSのそうした性格に呼応して、アイドル・ファンの新しい楽しみ方を研究開発していたように思える。