南波一海の『BiS研究員』評:あまりに局所的かつパーソナルだからこそ、他で読めないことが記録されている

南波一海の『BiS研究員』評

 奇書と言っていいだろう。『BiS研究員 IDOLファンたちの狂騒録』は、BiSというアイドルグループのファン、通称「研究員」をメインに扱った書籍である。

 BiSは活動時期とメンバー構成によって第1期(2010〜14年)、第2期(16〜19年)、第3期(19〜25年)にわけられるが、女性アイドルブーム華やかなりし頃、メインストリームに対し、徹底したカウンター的なふるまいでシーンをかき乱し、その名を揚げていったのが第1期BiSだ。そんな第1期BiSのデタラメなカオスを作り出すのに大きく貢献(という言葉が適切かどうかはわからない)していたのが当時の熱狂的な研究員たちである。本書は、個性派揃いの研究員のなかでも一際存在感を放っていた人物たちと、亡くなった研究員の家族、関係者、そして当時のメンバーに取材し、著者の宗像(彼もまたディープな研究員である)自身が綴った記録とともにまとめたものだ。

 目次には研究員の名前やハンドルネームがずらりと並ぶ。壮観である。見る人が見ればわかるだろうが、知らない人はどう感じるのだろう。そして一体、どんなことが書かれているのだろうか。

 最初に出てくるのは2018年に逝去した研究員、ごっちんの章だ。仲間たちで集まって葬式に向かうなか、どうやらごっちんは自身の家族や恋人にはアイドルファンであったことを隠していたらしいということで、仲間たちは「全員が大森靖子のファンだという設定になった」。随所に綴られるこういったディテールが可笑しくて、重い話であるはずなのについつい笑ってしまう。

 続く越田修の章。雑誌『QuickJapan』で、BiSが全裸になり裏表紙を飾ったことがあった(自分もインタビュアーとしてその特集に携わった)。そのことを受け、直後のライブで研究員たちが脱いで暴れるという事態が起こった。

 越田はそれについてこう振り返る。「『お前らが脱いだんだから、俺らも脱いでいい!』って。僕はまったく賛同してなかった(略)〜ただ1曲目でいきなりTシャツ脱がされて、モッシュに巻き込まれて」。脱いでいいという理屈も、実際にその場で起こったこともすごいが、そもそも脱ぎ仕事がそこそこあったBiSもおそろしい。

 ほかにも、メンバーのファーストサマーウイカがツアー中、福井の会場で生誕祭をしてほしいと言ったが、古くからの研究員は演者自らが会場を指定することをよく思わず、ウイカの要望をそのまま受け入れようとする新参の研究員に文句を言い、それに感化された研究員が「謀反を起こし」、福井でなく翌日の金沢でやると言い出したりするくだり。あるいは実寸代の便器を自作して毎回のライブに現れる研究員がいた事実(彼も亡くなってしまった)。ミチバヤシリオの脱退する日に彼女を推していた研究員の生誕祭が行われたこと。運営側が仕掛けた「IDOL騒動」と呼ばれるドッキリ企画で研究員が怒り、地方のライブに行かなかった結果、「若い研究員の台頭を許す結果となった」こと……若いファンが台頭しちゃいけないのね! ヤフオクでメンバーの時間が売られ、プー・ルイが研究員に結婚式場へ連れて行かれたことなどなど、一体、誰が主役なのかわからなくなるような奇想天外な出来事がいくらでもあり、あとで引用しようと付箋を貼りながら読み進めていたら、付箋だらけで収拾がつかなくなってしまった。

 しかしながら、BiSを巡って起こった数々のトピックを広範囲で扱っているかと言えばそうではない。いくつかの象徴的な出来事があり、それらについての多角的な証言を得ることによってドラマティックなインシデントを立体的に浮かび上がらせていく。それが本書の大きな特徴ではないだろうか。

 そんななかで、ほぼすべての章に登場するのはTumapaiなる人物だ。BiSのあらゆる現場に顔を出していた、いわゆるTO(トップオタク)であり、呆れるほど無茶苦茶で、バカバカしいが創造的で、熱心すぎて愛らしくもある研究員たちのなかでも、最も“らしさ”を体現していた男である。2022年に彼が亡くなったこと(および2024年の再結成ライブ)が、結果的に宗像が本書を作る契機となったようだ。個別の研究員については最後の章となる本書の真ん中には、宗像が寄せた追悼文、そしてTumapaiの母への取材の項が配置されている。

 各人が愛憎混じりでTumapaiについての思い出を語っていくのだが、彼が過去にどんな人生を送ってきて、どんな仕事に就いているのかなどは誰も知らない。キャラクター像は積み上がっていくものの、素性がまったくわからない。

 しかし、それがTumapaiの母の証言によって初めてつまびらかにされるのだ。この流れは間違いなく本書のひとつのクライマックスだろう。よくぞ取材したものだと思う。ここが読みたくて手に取った人もいるのではないだろうか。

 無論、これは一介のアイドルのファンの話なので、興味のない人からしたらなにがクライマックスだと思われてしまうかもしれない。しかし、ともすれば“誰が主役なのかわからなくなる”BiSの現場を、拡大すればBiSという存在を、異端たらしめる混沌の一部を担っていたのが彼だったのは間違いないし、あまりに局所的かつパーソナルだからこそ、ここには他で読めないことが記録されている。本書と内容が被る書物は後にも先にも出ることはないだろう。その意味で冒頭に奇書と述べた。

 こうした本なので、2010年代前半のアイドルシーンがこうだったと俯瞰できるものではないし、もっと言えば、BiSとはこうだったということでもない。これは、第1期BiSの、とある研究員たちを巡る記憶と記録である。令和以降/2020年代以降/コロナ以降の物差しで考えると、にわかには信じがたいことや、決して褒められたものではないようなことも起きている。ここから得られる学びもあるのかないのかなんだかよくわからない。宗像もプー・ルイも、当時の研究員の過度な伝説化や美化は避けたいようである。しかしこうして読んでいると、なんだか遠い昔に起きた神話のようにも思えてくるのだ。よく言いすぎ?

■書誌情報
『BiS研究員 IDOLファンたちの狂騒録』
著者:宗像明将
四六判/268ページ(口絵20ページ)
ISBN:978-4-909852-58-8 C0073
定価:2,750円(本体2,500円+税)

発売日:2025年1月7日

■目次
はじめに
BiS研究員 ごっちん
BiS研究員 越田修
2011年のBiSと研究員
BiS研究員 みぎちゃん
BiS研究員 Kん
2012年のBiSと研究員
BiS関係者 高橋正樹
便器の男
BiS研究員 Kたそ
2013年のBiSと研究員
BiS研究員 がすぴ〜
BiS研究員 Tumapai、あるいは田中友二へ
Tumapaiの母
2014年のBiSと研究員
BiS関係者 ギュウゾウ(電撃ネットワーク )
BiS元メンバー ミチバヤシリオ
2014年7月8日の横浜アリーナ
BiS解散後の研究員
BiS元メンバー プー・ルイ
2024年7月8日の歌舞伎町シネシティ広場
BiS年表2010-2024
あとがき
BiSオフィシャル&ブートTシャツとBiS研究員

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