声優・井上和彦が振り返る、人との出会いに満ちたキャリア50年「僕はアドバイスで出来ている」
錚々たる先輩のアドバイスで育てられた
――様々なキャラクターを演じ分ける上で大変なこと、日々努力していることはありますか?
井上:特に意識はしていないんですが、演じるために必要なことを探して、ちょっとでも役に近づけるように挑戦することはありますね。例えば、山岡を演じるようになってからは、料理をよくするようになりました。
――なるほど。そんな井上さんでも、仕事を辞めたいと思ったり、スランプに陥ったことはあるのでしょうか。
井上:実は、それはないんですよね。番組のレギュラーが1回で降ろされたりすると、普通はそこでめげるじゃないですか。僕ももちろんめげるのですが、悔しがり方が半端じゃないんです。他の人ができるのになぜ自分はできないのだろうと、できるまでしつこくやるのがちょっと違うのかもしれません。要は諦めが悪いんですよ。だから、スランプなんて『Dr.スランプ』くらいしか知らないですね。「ほよ?」とか「んちゃ!」とかね(笑)。
――ははは(笑)。井上さんは本の中でも、人との出会いに恵まれたと語っていますが、その要因はどこにあると思いますか?
井上:凄い人に寄っていく力はあるんじゃないですかね(笑)。永井一郎さんに事務所に入れていただき、出会った人たちが柴田秀勝さん、野沢雅子さん……と、凄い人ばかりなんですよ。初めの数年は、「こんなところにいていいのかな?」と思ったくらい。そして、出会った人たちがなぜか、僕を可愛がってくれたんですよね。「飯を食いに行くか」と誘ってくださるのはしょっちゅうで、食事の席で先輩の話をたくさん聞けたのは良かったです。
――先輩方から受けたアドバイスで印象的だったものはありますか?
井上:それはたくさんありすぎて、語り切れません。僕はアドバイスで出来上がっているようなものです。仕事を始めた頃、先輩たちが集まる勉強会がありました。緒方賢一さんや永井さんが教えに来てくださったこともあります。柴田さんも「アニメをやるんだったら芝居ができないとだめだ、舞台を見学に行きなさい」とアドバイスをしてくださいました。はせさん治さん、舘ひろしさんも、お芝居の仕方や役作りの方法、人に対する接し方まで毎日のように教えてくれましたね。
――凄すぎるエピソードばかりですね。声優界の伝説級の方々がどんどん登場し、お話を聞いているだけでクラクラしてしまいます(笑)。
井上:はせさんは当時すでに大御所だったのに、僕の家まで気軽に泊まりに来てくれたし、野田圭一さんからサウナに誘われたこともあります。たてかべ和也さんから役を紹介してもらって共演した山田栄子さんが、『赤毛のアン』のアン役に受かったと言って、僕にギルバートの役を紹介してくれました。本当に“風まかせ”に生きてきたなあと実感します。
個性とこだわりを持って生きることが大切
――“風まかせ”と一言では言えないようなエピソードばかりです。さて、現在は声優ブームと言われていますが、井上さんは現在の声優界をどのように見ていますか?
井上:率直に、若い声優さんたちの活躍は凄いなと思いますよ。でも、僕も若い頃にレコードを出したり、コンサートをやったりしているんです。いわゆるアイドル声優の走り的なところに携わっているので、全然違うとは思わないかな(笑)。
それよりも、声優がドラマに出演したりと、活躍の場が広がっているのが素晴らしいと思いますね。そして、たくさんの人が声優という仕事を認識するようになり、声優をやってみたいという芸能人も出てきたりと、良い流れが生まれていると思います。
――これから声優を志している人へのメッセージをお願いします。
井上:今は声優を目指している人が多く、ある程度、演技が完成されていないと出てこれない状態なので、大変だと思います。だからこそ、自分の個性とこだわりを持って生きていくことが大事だと感じますね。僕の頃は先輩が育ててくださいましたが、今はいきなりデビューする形にレールが敷かれ、学びたくても時間をとってもらえないとも聞きます。ただ、仕事の根っこの部分は昔と変わりませんし、役作りを研究することはいつの時代でも声優の基本ですから、基本を忘れずに夢に向かって頑張っていただきたいですね。
――そして、井上さんは大御所なのに、本当にいろいろなアニメに出演されています。何の作品とは言いませんが(笑)、普通なら引き受けないんじゃないのか……とびっくりするようなキャラクターもたくさん演じておられます。その原動力はどこにあるのでしょうか?
井上:やっぱり、声優という仕事が好きですし、新しい感性に触れるのが好きだからでしょうね。これは仕事をする上での心構えとして、大切なことだと思いますよ。これからも“風まかせ”で、人との出会いがあり、面白い仕事ができればいいなと願っています。