連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2024年3月のベスト国内ミステリ小説
今のミステリー界は幹線道路沿いのメガ・ドンキ並みになんでもあり。そこで最先端の情報を提供するためのレビューを毎月ご用意しました。
事前打ち合わせなし、前月に出た新刊(奥付準拠)を一人一冊ずつ挙げて書評するという方式はあの「七福神の今月の一冊」(翻訳ミステリー大賞シンジケート)と一緒。原稿の掲載が到着順というのも同じです。今回は三月刊の作品から。
若林踏の一冊:夕木春央『サロメの断頭台』(講談社)
2月に続き3月も本格謎解き小説の秀作が揃っていたが、その中で最も論理のアクロバットを堪能できた本作を今月のベストに選ぶ。未発表の絵が何者かによって剽窃された、という小粒ながらも不可思議な謎を主人公達が追ううちに、次から次へと不可解な事件が勃発して解明できない謎が増えていく。この話、本当に収拾がつくのかと途中で不安に駆られるのだが、ある1つの点に着目した途端、ドミノ倒しの如く複数の謎が一気に解かれていくのだ。その様子が爽快であるとともに、謎解きの果てに浮かび上がる事件全体の異様な構図に唖然とする。
橋本輝幸の一冊:黒木あるじ『春のたましい 神祓いの記』(光文社)
祭りによって封じられていたモノが祭りの休止で暴れだし、文化庁の外郭団体である祭祀保安協会が派遣されてそれを鎮める「連作ファンタジック・ミステリー」だ。協会は個人や集団の秘密を解き明かし、破滅を未然に防ぐ。各話は短いがそれぞれに趣向がこらされ、謎の提示から解決もわかりやすく丁寧である。協会と対立する組織や、登場人物の背負う因果もチラリと紹介され、物語に奥行きを与えている。
祭りの中断理由は過疎やコロナ禍、舞台は著者の地元の東北地方。特殊設定ではあるものの、現実社会や日常生活の延長線上の物語である。
野村ななみの一冊:魚崎依知子『夫恋殺 つまごいごろし』(KADOKAWA)
『近畿地方のある場所について』『をんごく』など、「カクヨム」発の作家の勢いが止まらない。本作もそうで、ジャンルはホラー。かけつぎ職人の澪子は、多忙な刑事の夫・真志とすれ違いの限界夫婦生活を送っている。そこに入り込んでくるのが、澪子の幼馴染みの泰生と女性の怪異だ。怨念を抱える怪異の謎はもちろん、澪子、真志、泰生の危うい人間模様も読みどころ。出口のない、どん詰まりの愛憎関係好きと感想を交換したくなる。複数の読みができる結末については、「手持ちのカードの切り方は当人が決めるもの」とだけ触れておこう。
千街晶之の一冊:黒木あるじ『春のたましい 神祓いの記』(光文社)
怪談実話の世界で別格とも言える安定した筆力により、東北の地域性と密着した恐ろしくも懐かしさを湛えた怪異を描き続けている黒木あるじが、ミステリの世界に参入してくるとは誰が予想しただろうか。『春のたましい 神祓いの記』は、感染症の流行で祭りが行われなくなったため怒った神が暴れ出した集落を、文化庁の外郭団体「祭祀保安協会」に属する二人が鎮めのために訪れるという設定の連作怪談短篇集。著者らしい怪異描写の迫真ぶりは言うまでもないが、各篇に必ずトリッキーな趣向が仕込まれていて、ミステリとしても極めて秀逸なのだ。