連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2024年3月のベスト国内ミステリ小説

2024年3月のベスト国内ミステリ小説

酒井貞道の一冊:浅倉秋成『家族解散まで千キロメートル』(角川書店)

 問題を抱えた家族である喜佐家は、山梨県の実家を取り壊すことになっていた。そこで元旦、久々に集まった家族は、姿の見えない父が盗んできたと思しき神像を車庫で発見し、はるばる青森県まで返しに行く。ロードノベル要素もあるがそれは脇筋で、丁寧な伏線配置と巧みなストーリーテリングで、家族の真の問題を燻り出す。「個人の意思や夢を、家族を理由に押し潰す《感動的物語》には違和感や嫌悪感しかないが、だからといってイヤミスのような露悪もわざとらしい」という私のような人間には、本書は21世紀の家族小説として完璧であった。

藤田香織の一冊:真保裕一『魂の歌が聞こえるか』(KADOKAWA)

 レコード会社に勤務する芝原修は、ようやく念願だったA&R(所謂ディレクター)となったものの、引き継いだ中堅アーティストを心底好きになれず、くすぶりかけていた。そんなとき、デモ音源から四人組バンド「ベイビーバード」を発掘。才能に惚れ込みデビューさせるために動き出す。四人は条件として本名と顔を明かしたくないと言い修は了承。その理由が次第に明らかになっていく。二重三重に隠された真実にも驚くが、CDの製作費からタイアップ獲得や宣伝予算など音楽業界の裏側がリアルに描かれ興味深い。シビアで切実でだけど夢がある。全オタク読むといいよ!

杉江松恋の一冊:黒木あるじ『春のたましい 神祓いの記』(光文社)

 ホラーとミステリーを融合はもはや珍しい試みではないが、この連作を最初に雑誌掲載時に読んだときは思わず立ち上がるほどに興奮した。ホラーの超論理とミステリー特有のプロットのひねりをこういう形で結びつける手があったとは。謎めいた女性・九重十一の活躍を描く本作はアイデアの宝庫である。喩えて言うなら『妖怪ハンター』で始めて中途は『ゲゲゲの鬼太郎』かと思わせ『宗像教授伝奇考』で落とす連作で、読み終えるまで話がどこに転がっていくのかまったく予想がつかない。視点人物を毎回変える趣向も正解で、完成度の高い一冊だ。

 ホラー・ミステリーに票が集まりました。これは思わぬ伏兵だったのでは。そのほかも家族小説あり音楽小説あり大正を舞台にした作品あり、と非常に多彩な3月でした。さあ、次月はどのような作品が集まりますことか。

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