連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2024年2月のベスト国内ミステリ小説

2024年2月のベスト国内ミステリ小説

 今のミステリー界は幹線道路沿いのメガ・ドンキ並みになんでもあり。そこで最先端の情報を提供するためのレビューを毎月ご用意しました。

 事前打ち合わせなし、前月に出た新刊(奥付準拠)を一人一冊ずつ挙げて書評するという方式はあの「七福神の今月の一冊」(翻訳ミステリー大賞シンジケート)と一緒。原稿の掲載が到着順というのも同じです。今回は二月刊の作品から。

酒井貞道の一冊:潮谷験『ミノタウロス現象』(角川書店)

 小説としての読みやすさ、ロジックのシンプルさと精度の両立、見えてくる光景の意外な大きさ、地方行政の地に足付いた描き方、これらを踏まえると今月は『ミノタウロス現象』である。他方、少女たちの過酷な運命と悲哀を、多重推理の乱舞と共に描破する榊林銘『毒入り火刑法廷』、ネット社会と人の情念を有機的に絡めつつ前作『可制御の殺人』以上に物語を《操り》テーマに特化させた松城明『観察者の殺人』、謎解きの醍醐味、名探偵の葛藤を引き続き正攻法で捉える阿津川辰海『黄土館の殺人』も忘れ難い。私はどれを選べば良かったのか。

若林踏の一冊:潮谷験『ミノタウロス現象』(角川書店)

 あらゆる題材を正攻法のフーダニットに変えてしまう作家、潮谷験が今度はモンスターパニックものと犯人当て小説を合体させた。牛頭の怪物に振り回れる地方自治体の政治家たちを戯画的に描いて笑わせつつ、物語の途中で不可解な事件を巡る謎解きを入れ込んで楽しませる。怪獣ものに求められる展開はすべて盛り込んでおきながら、それが脇道にならず謎解きを構築するための必要不可欠な要素として機能しているのが素晴らしい。物語として膨よかに見えながら、謎解きミステリとしては筋肉質で無駄な贅肉の無い構成という理想的な小説だ。

千街晶之の一冊:高野結史『奇岩館の殺人』(宝島社文庫)

 『ミノタウロス現象』『帝国妖人伝』『毒入り火刑法廷』『黄土館の殺人』など、本格ミステリの秀作が立て続けに刊行された二月は、本格好きにとってお祭りのような一カ月だった。その中で最も個人的に好みに合ったのが高野結史『奇岩館の殺人』。実際に人が殺される「リアル・マーダー・ミステリー」だとは知らぬまま孤島の館に連れて来られた主人公が、推理によって生き残りを図る……と書くとシリアスな話だと誤解されそうだが、実はゲームの主催者側のバックヤードでのドタバタぶりも描かれた、抱腹絶倒のブラックユーモア本格の絶品なのだ。

野村ななみの一冊:榊林 銘『毒入り火刑法廷』(光文社)

 一風変わった本格ミステリである。舞台は魔法を使える魔女が存在する世界、魔女を裁く場として「火刑法廷」が存在する。この法廷で重視されるのは、被告人が魔女であるかどうかのみ。真相はどうであれ、魔女と決まれば即刻火炙りだ。そこで弁護人は、「事件は人間にも犯行可能=被告は魔女と言い切れない」という論理で、検察たる火刑審問官に反論する。奇抜な設定だが、法廷での推理合戦は非常にロジカル。登場人物たちの日常パートにも癒される。ただし、火刑法廷が実際に行われた魔女裁判を前提としている点は、お忘れなきように……。

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