天才は、一人で勝手には育たないーー恩田陸『spring』が描き出す、才能のぶつかりあい

恩田陸『spring』が描く、才能のぶつかりあい

〈スーパースターと呼ばれる人たちは、すべてがクリアだ。「私のことを分かって」などという、うじうじした雑念なんてどこにもない。〉――これは第四章の春視点で、気づきを得たときの一説だ。そうは言っても人間だから、迷ったり落ち込んだりすることもある春に、指針を与えてくれたのは、過去に稔が与えてくれた言葉だった。

 春は、その名に含む一万もの春を周囲に分け与えてきたけれど、同時に周囲からも〝何か〟を分け与えられてきた。天才は、一人で勝手には育たない。多角的に支えられて、出会うすべてを吸収して、まわりの人たちも一緒に高みに引き上げてくれる存在だ。だから本作のなかでも、「俺のバレエの何パーセントかには、稔さんも入ってるよ。」という春のセリフがとりわけ好きだ。稔以外の人たちにも、しっかり影響を受けて「今」をつくりあげている、春の健やかさがやっぱり、美しいと思った。

 読み終えて、春のことを想うとき、著者である恩田陸さんのことも想う。〈あたしはずっと春ちゃんの存在に戦慄し続けている。そして、これからも彼の存在に震えおののき、その背中を追い続けるのだ。〉という七瀬の言葉を、そのまま恩田さんに向けたくなる。

 これまで恩田さんから与えられてきた、はっと胸をつかまれる言葉や、観たこともないのにありありと眼前に浮かぶ情景。ここではないどこか、だけど私たちの現実に連なる場所。それに触れて「読む」ことの喜びを知っていくこと。恩田さんが描き続けてくれる物語のすべてに、幸せを噛みしめてしまうのだ。

■書籍情報
『spring』
著者:恩田陸
価格:1,980円
発売日:2024年3月22日
出版社:筑摩書房

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