転生したらスライムでも剣でもなく……犬か猫だった件? 和泉はる『生まれ変わるなら犬か猫』のシビアで愛おしい動物との日々

最弱のスライムに転生して最強の魔王へと成り上がったり、剣に転生して猫耳の少女に使われ無双したりするのも悪くない。でも、もう少し楽しい転生先を選べるのなら、犬か猫になって優しい飼い主に飼われたい。ことのは文庫から5月20日に出た和泉はる『生まれ変わるなら犬か猫』が、そんな英雄になるだけではない転生の楽しさと、そして可愛い犬や猫と暮らす日々の素晴らしさを教えてくれる物語だ。
犬に転生する方がスライムに転生するより楽だとは限らない。猫に転生する方が剣に転生するよりシビアなことだってある。たとえば犬になる場合。人間だった女子が目覚めたら、屋根のない部屋にいて真っ暗で雨がざあざあと降っていて、びしょ濡れになっておなかもぺこぺこで、そのまま死んでしまうかもなんて状態に置かれていた。
これはキツい。転生の時に女神さまから何かスキルをもらっている訳でもなく、ただの犬になってしまった自分を、自分ではどうすることもできないでいた。そんな時、背が高くて黒縁眼鏡をかけた“お兄さん”が現れて、抱き上げて部屋へと連れて帰ってくれた。
タオルで拭いてもらって牛乳とドッグフードも与えてくれてまずはひと安心。でも、お兄さんは誰かからかかって来た電話に「俺が飼う気はない」と答えていた。もしかしたら明日には追い出されてしまうの? そんな恐怖がわき上がる。
人間だった時の記憶がうっすらとあるから、行き場のない捨て犬がたどる運命を思うと不安にもなっただろう。すぐにお兄さんが里親探しをすると言ってくれたから、保健所に連れて行かれる心配は浮かばなかったみたいだけど、自分で自分をどうすることもできないもどかしさは感じたかもしれない。
だったら、最弱でもスキルがあって自分でどうにか道を切り開けるスライムの方が良かったかというと、犬には犬でスライムにはないとてつもない力がある。それは愛らしさ。きゅうんと鳴いてくんくんと鼻をすりつけぐるぐる回ってしっぽを振れば、どんな人だって心をズキュンと突き動かされる。お兄さんもそうだったみたいで、これはもう自分で飼うしかないと決心し、人生におけるとても大きな決断をしてのける。転職と引っ越しだ。
早朝に家を出て終電で帰って来るようなブラックな仕事では犬といっぱい触れあえないし、今住んでいる場所ではおおっぴらに犬を飼うことができない。だからといって犬を諦めることは絶対にできない。だからホワイトな企業に転職し、犬が飼える部屋へと引っ越しするお兄さんの決断の速さに、それだけのことをさせてしまう犬の力はやがて魔王になるスライムにも負けてないと思えてくる。
そんな犬にならぜひ自分もなってみたい。あるいはお兄さんのように可愛い犬を飼うことで人生を変えてみたい。そう思わせてくれるストーリー。読むと自分がなるのも自分で飼うのも犬が一番……かというと、それはちょっと早計かも。続くストーリーが犬に傾いた気持ちをグラグラと揺さぶってくるからだ。
それは猫になるということ。あるいは猫を飼うということ。こちらも気がつくと猫になっていた女子が、雪の降る夜に屋外に置かれた薪の隙間で寒さに震え、お腹もすいてこのまま死んじゃうんじゃないかって恐怖にぶるぶると振るえるところから始まる。誰にも見つからなければそのまま凍え死んでしまう状況は、剣として刺さったままでいるより過酷だ。
そこに現れ猫を拾って連れ帰ったのが美形の執事と豪快そうな旦那様。シンシアという名前を付けてもらって優しい言葉をかけられて、日向で眠り起きたらご飯を食べさせてもらう毎日が始まった。これはもう猫になる方が絶対良いかもという気になってくる。
猫がふりまくかわいらしさというものには誰も逆らえない。犬よりもあちこち出歩いて不思議に思われないところもあるから割と自由に生きられる。犬には義務づけられている予防接種を受けなくて良いというのもアドバンテージだけど、犬には犬で飼っているお兄さんといっしょに散歩したり、走り回ったりできる良さがある。
こうなると、飼われるにしても飼うにしても犬と猫のどちらかなんて決められない。そもそも現実のこの世の中で、実際に犬を飼うのも猫を飼うのも大変だ。引っ越してまで犬なり猫を飼おうとしても今度はお世話ができるかどうかが問題になる。お兄さんのようにテレワークが可能な仕事を選ぶことも、旦那様のように面倒を見てくれる執事を雇うこともちょっとやそっとではかなわない。
だからこそ、『生まれ変わるなら犬と猫』という物語が存在する。生まれ変わるなら犬も猫もどちらも素晴らしいと思わせてくれるエピソードが重なり合って、犬と猫のどちらにもなって飼われてみたり、どちらも飼ってみたりする時の気持ちを物語を通して感じさせてくれる。犬なり猫が身近にいた時の楽しさを教えてもらって、いつか近づきたいと思うようになるだけでも、人生は充実したものになるだろう。
スライムに転生するのも剣に転生するのも現実には絶対に無理だ。犬や猫に転生するのも現実にはあり得ない。ただ、犬や猫がいる暮らしだけは現実の世界で何とかなるものだとするなら、そこに向かって少しでも歩き出すための力を与えてくれる物語。それが『生まれ変わるなら犬か猫』なのかもしれない。
■書誌情報
『生まれ変わるなら犬か猫』
小説:和泉はる
イラスト:秋鷲
価格:781円(税込)
発売日:2026年5月20日
出版社:マイクロマガジン社(ことのは文庫)
特設サイト:https://kotonohabunko.jp/special/inuneko/

























