『ミステリー・アリーナ』は『君のクイズ』とどう響きあう? “多重解決もの”としての面白さに迫る

5月22日に公開された映画『ミステリー・アリーナ』は、深水黎一郎の同名小説(2015年)を原作にしている。同作は、多重解決ものと呼ばれる形式のミステリー小説だ。事件の謎があり、合理的な推理によって1つの真実が解き明かされる。これが、本格ミステリーというジャンルの通常のあり方だ。それに対し、1つの事件に関し、複数の推理=解決が示されるのが多重解決ものであり、6通りの解釈を並べたアントニー・バークリー『毒入りチョコレート事件』が嚆矢とされる。深水の『ミステリー・アリーナ』は、その流れにある作品であり、事件について15通りもの答が繰り出されるという解決の数の多さに驚かされる作品だ。
ポイントはこの小説が、生中継の推理番組を実況するように書かれていること。年末恒例の高視聴率人気番組「推理闘技場(ミステリー・アリーナ)」が舞台である。問題となる事件のテキストが語られていき、出場者はボタンを押して解答する。一番早く正しく答えた者が優勝だ。その記念すべき第10回は「ミステリーヲタ大会」であり、ミステリーマニアならではの高度な推理合戦が展開されていく。キャリーオーバーのため、賞金が20億円という高額に跳ね上がっていることが、熱気を高めてもいるようだ。
悪天候のなか、大学時代の仲間が別荘に集まる。だが、橋が冠水して通行止めとなり、別荘が孤立した状況で仲間の女性1人が死体となって発見される。ミステリー研究会のOBOGである彼らのなかには探偵役に名乗りをあげる者がいて、この人物が怪しいと指摘もされるが、謎の解決には至らない。そうこうするうちに第2の殺人が起きる。
警察など外部の助けを借りることができない閉ざされた状況。いわゆるクローズド・サークルで連続殺人事件が発生し、ここにいる誰かが犯人としか考えられず、仲間を疑うしかない。そのように本格ミステリーではありがちなストーリーが、番組が出す問題として語られていく。
このストーリーに対し、まだ死体発見直後のとても早い段階から解答するものが現れる。推理を述べ犯人を指摘した人が、会場から解答済みブースへ移動すると、ストーリーは再び進み始める。だが、その直前に述べられた推理を覆すような要素が、話のなかに出てきてしまう。解答者が出るたびに、そうしたことが繰り返される。毒舌の司会者は、推理が否定される展開をあざ笑い、出場者をおちょくり続ける。だが、ストーリーがさらに進むと、一度は否定された犯人指摘が復活しそうになる場合もあり、なかなか真相はわからない。『ミステリー・アリーナ』では、クローズド・サークルの物語と「推理闘技場」の会場でのやりとりが並行して描かれ、さらにその背景に不穏なものが見え隠れする。かなり凝った内容なのだ。
たまたまそうなったのだろうが、『ミステリー・アリーナ』の映画版の公開が、小川哲『君のクイズ』の映画版の公開の1週間後になったのは興味深い。2つの原作小説には、響きあうような部分があるからだ。『君のクイズ』では、クイズ番組でボタンを早押ししたのがまだ問題文が読まれ始める前だったのに正しく解答したという「ゼロ文字正答」の謎があつかわれていた。それをめぐって同作の小説中で語られたのが、「確定ポイント」についてだった。クイズの問題文には途中で「~ですが」と入るパターンがあり、うっかりそのフレーズの前に早押しして解答すれば、本当の問いに応じたのではない的はずれなものになる。だが、問題文の意味がはっきり決まる「確定ポイント」があるにしても、それが読まれるまで待っていたらボタンを押し負けてしまう。そのため、問題文の先を推理し、「確定ポイント」の前にボタンを押す賭けに出なければならない。
『君のクイズ』で語られたそのようなクイズへの対処法は、『ミステリー・アリーナ』でも思いあたるものだ。「推理闘技場」は、いわば長文のクイズであり、出場者たちはどこが「確定ポイント」なのかわからないまま早押しの賭けに出て、次々に「~ですが」のひっくり返しにあう。『ミステリー・アリーナ』は、そういう風に進行していく。
本格ミステリーには、物語の途中で作者が、犯行方法と犯人を推理するように求める「読者への挑戦状」を挿入する例がある。その場合、「読者への挑戦状」直前までで謎を解くための手がかりは出そろったと宣言することが多い。また、実際にそのように書かれていなければ勝負としてフェアではない。本格ミステリーにおける「確定ポイント」があるわけだ。
しかし、「推理闘技場」は出場者に謎解きを求め挑戦しているが、手がかりがどこで出そろうのか明らかではない。このため、正解に容易にはたどりつけない。だが、出場者は、ただ誤答の山を築いているわけではない。彼ら一人ひとりはみな、解答した時点よりも後のストーリー展開を予想しつつ、それ以前に書かれた=明らかになったテキストの細部に注目し、整合性のある推理を導き出している。読んでいると、解答時点よりも前のストーリーに対して、それぞれの推理は正解であるように思える。だが、続くストーリーが「~ですが」的に推理の範疇からはみ出る方向へ進むので、誤答が10回以上も繰り返されることになってしまう。それにしても、全部の解答がすべてそこまでの事件に関する正解であるような、合理性のある推理を次々に、また並立して成立するように構築した作者の力にはうなるしかない。意外性を生むための伏線が、実に数多くしこまれている。
『ミステリー・アリーナ』は、推理する面白さと騙される楽しさに満ちた作品なのだ。
























