領域展開、無量空処……『呪術廻戦』用語が難解な理由 “異能力”と“工学的”なバトルに関係あり?
2024年1月4日、『呪術廻戦』(集英社)の第25巻が発売された。本作は週刊少年ジャンプで芥見下々が連載しているオカルトバトル漫画で、人間の負の感情から生まれた呪霊と戦う呪術師たちの物語。主人公の虎杖悠仁は、呪いの王・両面宿儺の器となった少年で、呪術高専で最強の呪術師・五条悟の指導のもとで伏黒恵たち呪術師の仲間たちとともに呪霊を祓っていく。
2018年に連載が始まった『呪術廻戦』は、尾田栄一郎の『ONE PIECE』、堀越耕平の『僕のヒーローアカデミア』と並ぶジャンプの看板作品で、2020年にアニメ化されて以降は、幅広い読者に読まれる大ヒット作となった。本編の前日譚となる『呪術廻戦0巻 東京都立呪術高等専門学校』も、2021年に『劇場版 呪術廻戦:0』としてアニメ映画化され、興行収入138億円を記録。そして昨年は、物語前半の大きな山場となる渋谷事変をアニメ化した『呪術廻戦』第2期も放送された。
2024年1月の時点で電子書籍も含めたコミックスの累計発行部数は9000万部を突破し、その勢いは止まるところを知らない。
以下、ネタバレあり。
「わかりにくいのに面白い」複雑なバトルシーン
今回の第25巻では、虎杖の肉体から離れ、伏黒の体を乗っ取った宿儺と、復活した五条悟の戦いの始まりが描かれた。
現代最強の呪術師である五条悟と平安時代最強の呪術師である宿儺の戦いは、激しい攻撃のぶつかり合いと、お互いの術式(生まれた時から呪術師の身体に刻まれている超能力)の効果を打ち消しながら相手にダメージを与えようとする技の探り合いの連続で、新宿のビル群を破壊するド派手なアクションと並行して、虎杖たち五条の仲間が二人の戦いを見守りながら状況を解説する場面が描かれていく。
『呪術廻戦』はキャラクターが魅力的でバトル漫画としてのビジュアルがド派手なので、一気に読んでしまうのだが、呪術師関連の専門用語が多く意味が複雑なので、呪術師、術式、領域展開(術式が必中する領域を作り出す術式)といった言葉の細かい定義について理解しようとすると、迷宮の中を彷徨っているような気持ちに陥っていく。
五条悟の領域展開・無量空処は、命中すると、知覚、伝達、生きるという行為に無限回の作業が強制され、脳内でいつまでも情報が完結せずに身動きがとれなくなってしまう術式なのだが、『呪術廻戦』という漫画自体が、無量空処そのものだと言え、劇中に氾濫する専門用語をたどりバトルの内容をちゃんと理解しようとすると情報処理が追いつかなくなって脳が混乱していく。とは言え、描かれていることは達人同士のバトルで、この巻の五条VS宿儺も、新旧の最強呪術師二人の戦いを見守る虎杖たち呪術師が細かい解説を加えていくという、ジャンプのバトル漫画としては、とてもオーソドックスな構成なのだが、呪術の設定が複雑で解釈が二転三転していくので、一回読んだだけでは意味が理解できない。
少年漫画としてはかなり不親切な作りとなっており「もっとシンプルにできないのか」と読む度に思うのだが、「わかりにくいのに面白い」のが、本作の恐ろしいところである。そのため読者の側が、もっと呪術の仕組みを理解したいと思い専門用語の意味を読み解こうと作品の側に歩み寄っていき、気がつくとコミックスを最初から読み返してしまう。
無論、この複雑さは荒木飛呂彦の『ジョジョの奇妙な冒険』や冨樫義博の『HUNTER×HUNTER』といった先行するジャンプ漫画が開拓してきた異能力バトルの延長線上にあるものだが、『呪術廻戦』における術式の複雑さはバトル漫画としての一線を超えているように感じるが、おそらく作者の中で理屈は通っているのだろう。
専門用語を用いた“工学的な目線”が作品を裏付ける
第14〜15巻に、工学で修士号を取っている編集者に五条の術式・無下限呪術についての解説を頼む「おまけ漫画」が掲載されているのだが、数学的には間違っているが工学的な目線だと間違っていないと言われて、作者が喜ぶ姿が描かれている。おそらく「工学的な目線」は、本作の根幹にある価値観で、おまけ漫画のやりとりを踏まえた上で、五条と宿儺の術式について虎杖たちが議論を交わす場面を読むと、技術者が専門用語で会話をしているように見えてくる。
呪いや術式といった荒唐無稽な概念に説得力を与えるために、数学的、工学的な理屈を当てはめていく本作の描き方をみていると、ロボットアニメの進化の流れと重なって見える。
ロボットアニメに登場する巨大ロボットも当初は荒唐無稽な存在だったが、動く原理や武器の説明に説得力を持たせるために、専門用語を用いた解説や理論が設定の中に細かく組み込んでいったことで『機動戦士ガンダム』や『新世紀エヴァンゲリオン』といったリアル志向のロボットアニメが作られるようになっていった。
荒唐無稽な異能力バトル漫画に、工学的な理屈を持ち込むことでリアリティを生み出そうと、これまで『呪術廻戦』は模索してきたが、五条VS宿儺のハイレベルな術式対決は、彼が追求してきたリアル異能力バトルの到達点だと言って間違えないだろう。