喫煙、罵詈雑言、泊まり込みは当たり前!? 平成の漫画編集部を描くギャグ漫画『平成転生』が面白い

『平成転生』平成の漫画編集部がヒドい!?

 以前、ものすごく有名な漫画雑誌で読み物記事の連載をさせてもらっていたことがある。日本で知らない人はほぼいないであろう雑誌の系列誌であり、当然ながらその雑誌の編集者の方々と打ち合わせをしたり、タイミングによっては食事に連れていっていただくこともあった。巨大な自社ビルに出入りする時は、なんだか自分までメジャーリーグのプレイヤーのような気持ちになったのを覚えている。

 ある日、その雑誌の編集者の人に焼肉に連れていってもらったことがあった。打ち合わせが長引いたので、食べ始めた時刻はちょっと遅めの20時過ぎ。普通だったら二時間ほど飲み食いして、食事が終わったらそのまま直帰、という時間帯だろう。自分もそのまま帰るつもりだったから、ガブガブ酒を飲んでいた。しかし編集者氏は最初の一杯だけビール頼んだものの、その後は烏龍茶ばかり飲んでいる。

 さすがに気になって「飲まないんですか?」と聞いた時、彼は平然と「あ、この後会社に戻って仕事なんで! 気にせず飲んじゃってください!」と答えたのであった。ビール飲んで焼肉食って、その後仕事すんの!? 聞けば、編集部員の中には一ヶ月くらい家に帰っていない人間もザラだという。別にずっと仕事をしているわけでもなく、ヒマな時間には編集部の一角でゲームをやったりしているらしい。嫌々仕事をしているのではなく、ただ単に「とにかく職場にいるのが面白いから帰らない」のだ。やっぱ超有名誌の最前線で戦ってるメジャーリーガーは気力も体力も違う……おれには無理だ……と、大いに感服したのであった。編集部の一角に積み上げられていた冷えピタの山は伊達ではない。ギリギリ令和、2019年ごろのことだったと思う。

 という昔話を、船津紳平の『平成転生』を読んでいたらふと思い出した。先日無料公開された第17話で、平成期のヤンマガ(漫画の中では『ヤングコミジン』という名前になっているが、どうみてもヤンマガ)編集部の様子が衝撃的ということでバズっていた。それをきっかけに単行本を読んだところ、これが面白かったのである。

 物語は西暦2042年に始まる。主人公・清水令和は漫画編集者に憧れ、大手出版社「平談社」に就職した新人編集者。しかし入社した瞬間に平談社が倒産。ショックで立ち尽くしていたところにトラックが突っ込み、清水は即死! ……と思いきや、そこに異世界転生の女神・イセが現れ、異世界への転生を勧めてくる。

 しかし清水は平談社の漫画雑誌『少年コミジン』が最も売れていた平成期のコミジン編集部への転生を希望。厳密には異世界転生とは言えないものの、平談社が潰れた理由は「ある人物が平成期に平談社を辞めたこと」であるとイセから聞かされた清水は、平成4年のコミジン編集部に転生し、平談社を倒産から救うべく奮闘することになる。

 職場での喫煙やハイスピードな罵詈雑言は当たり前。打ち合わせは午前0時からだし、その後から飲みに行ってそのまま出社するのは日常茶飯事。「ワークライフバランス」などという言葉はどこにも存在しておらず、「先輩からの飲みの誘いを断る」ことなど考えることすらできない……。平成初期にはまかり通っていたこれらの「常識」と、令和の今の感覚のズレが引き起こすジェネレーションギャップが、本作のギャグのコアである。不眠不休で働いて、そのまま遊びに行くのが当然。飲み会では全裸になるのも当然。ほとんど昭和と地続きだった平成初期の常識に対し、令和生まれの清水は衝撃を受けまくる。

 と同時に、「これは確実にモデルになった人物がいるんだろうな〜」という、各エピソードの妙な生々しさも面白い。特に単行本1巻での強敵となる「柳原さんのレガシィループ」のタチの悪さと具体性は凄まじく、逆にこれをモデルなしで描いたんだったら作者はまぎれもなく天才……と驚愕するレベル。もちろんこの作品はフィクションなので、実在する団体・個人とは何も関係がないはず。あくまでフィクションのはずです。ほんとに。

 本作はジェネレーションギャップをキーにしたキレのあるギャグ漫画であり、特にネットで話題となった第17話の内容などは凄まじいものがある。と、同時に、「売れている漫画雑誌は、こういう人たちのこういう仕事ぶりでできている」というドキュメンタリーの要素も孕んでいる。90年代前半、おそらくこの作品がモデルにしているであろう『少年マガジン』は売れに売れていた。『平成転生』でも描写されているが、売れている漫画雑誌の編集部にはあらゆるエンターテイメント、人材、情報、そして何より金が集まってくる。ネットがなかった当時、それらの集まりかたは今よりもずっと強烈だったはずだ。

 そんな娯楽の最前線でハイになりながら夜昼なく仕事をしていたら、そりゃあ面白くて楽しくて、家に帰ることなんか忘れてしまうのではないだろうか。もちろん適性はあるだろうが、その状況がバチッとはまってしまった人からすれば連日アドレナリン出っぱなしの最高の環境だろうし、逆にそうでない人間はすぐに淘汰されてしまうのだろう。先ほどの思い出話にも書いたが、彼らは嫌々長時間労働しているのではない。マジで「編集部が面白くて楽しいから、家に帰りたくない」のである。そこに仕事と遊びと生活の区別は存在しない。漫画というエンターテイメントの現場、それも日本有数の有名漫画雑誌という最前線中の最前線で仕事をするトップランナーたちは、おそらく今日もそんな感じで働いている。だから焼肉を食べた後、すぐに職場に戻っちゃうのである。

 というわけで、平成期のエクストリームな漫画編集部を題材にした立派なコメディでありつつ、「有名週刊漫画誌の編集の現場」を垣間見られる良作となっている『平成転生』。平成初期のめちゃくちゃな仕事の仕方を体で知っている人も、最近社会人になったばかりの人にも、そして何より「漫画編集の現場とは、一体どういうものなのか」に興味がある人にも、まとめてお勧めしたいコミックだ。

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