【山岸凉子を読むVol.3】津山事件、ロス疑惑、マリー・ベル事件……実際の事件をモチーフにしたフィクション3選
『悪夢』(マリー・ベル事件)
さて、『雨女』と同様に『悪夢』も『負の暗示』のように伝記のようなタッチでは進まない。21歳のメイには家族も彼氏もいる。若い時を楽しんでいたはずの彼女は、毎夜悪夢にうなされていて、だんだんと現実と夢の境目がわからなくなってくるという物語だ。彼女は夢の中で子どもになったり10代の少女になったりして、奇妙な人物にも出会う。
女性刑務官に起こされたとき、ようやく彼女は自分の今の現実を知る。
メイの本名はマリー・フローラ・ベル、1969年に二人の男の子を殺した罪で刑務所にいた。1980年5月、山岸凉子は「1969年に二人の男の子を殺した罪で終身拘禁の判決を受けた」と書き、これからもずっとそうであると匂わせたが、発表と同じ時期に、現実のマリー(メアリー)・ベルは釈放されている。山岸凉子がこのことを見越していたかは定かではないが、この3作の中ではもっともフィクションの要素が強い漫画だろう。なお、「終身拘禁」は終身刑と異なり、釈放されることもある刑罰だそうだ。
マリー・ベルのその後について調べてみた。彼女は虐待を受けて育ち、それによる精神障害と更生の余地があると判断されて釈放され、ジャーナリストの取材に協力して報酬を受け取ったこともあるそうだ。もちろん遺族は激怒したが言いわけをし、現在は裁判所の命じたとおり匿名で所在不明だ。
幼い子どもを殺された遺族の気持ちを思うといたたまれず、アメリカもまた、日本のように被害者支援より加害者の更生を重視しているのではないかと考えさせられる。私の憶測だが、作者の山岸凉子もこの事件の顛末を見て驚いたのではないだろうか。
事件をもとに描いたフィクション
これらの山岸作品を読むうえで注意しておきたいのは、すべてが実際の事件をもとにしたフィクションということである。津山事件を扱った『負の暗示』はもっとも事実に近いように感じられるが、かわされた会話や、遺族の証言が信頼できるかといった点を踏まえるとやはりフィクションに近い。
『雨女』とロス疑惑のかかわりについては初めて知った。というよりロス疑惑自体を私は知らなかったわけだが、その後、『雨女』で三浦が自殺したこと、『悪夢』で早くもマリーが釈放されたことについては、山岸凉子自身も予想がつかなかったのかもしれない。
津山事件はともかく、ロス事件やマリー・ベル事件に関しては今や知らない人のほうが多いのではないだろうか。事実と混同してはいけないが、忘れてはならない重大な事件を知らせる意義を持った漫画3作である。
※初出誌一覧
『負の暗示』:「YOU-all」(集英社)Vol.9(1991年9月)
『雨女』:「眠れぬ夜の奇妙な話」(朝日ソノラマ)1994年1月号
『悪夢』:「月刊マンガ少年」(朝日ソノラマ)1980年5月号