人気の本、なぜ地方の書店では仕入れることができない? 「【推しの子】って、今売れているんですか(笑)」

取次と書店の関係が良好だった時代

――そもそも「ミケーネ」は秋田県内でも有数の人気書店だった時期もあったんですよね。

阿部:かつては、坪当たりの売上が秋田県でトップだったこともあります。その頃は社員に年に3回ボーナスを出したこともあるほど、本がよく売れました。今ではボーナスは一切ありませんが(笑)。

――私は小学生の頃から「ミケーネ」で本を買っていましたが、あの頃、『ラブひな』を買っていたら、数日後に『オヤマ!菊之助』とか『エイケン』が入っていたりしました。今思えば当時の取次は機械的に本を送るのではなく、書店の顧客にかわいい女の子が出てくる漫画が好きな人がいるから、この本を置いたら売れるのではないか……と考えてくれる目利きがいたのではないかと思います。

阿部:昔は毎月必ず取次の担当者が来ていたので、そのたびにいろいろと顧客や本の情報交換をしていましたからね。こんな本を入れてイベントをしましょう、本屋のレイアウトをこう変えましょうというアドバイスももらえたのですが、今ではそもそも担当者が来なくなりました(笑)。

――なるほど、『ラブひな』を読んでいた私が『エイケン』を買えたのは、そういった取次さんの戦略に見事にはまったわけですね(笑)。

阿部:あと、昔は仙台市に取次の倉庫があって、好きな本を仕入れていいという仕組みもありました。選んだ本は無料でうちまで送ってくれました。家内と仙台旅行ができるので、よく行っていましたよ(笑)。当時は取次が小さな書店であっても平等に対応してくれたと思います。

――そういった倉庫から面白い本を仕入れるのも、書店員の楽しみだったのではないかと思います。

阿部:今でも覚えているのが、『完全自殺マニュアル』を倉庫で偶然見つけて、これは面白そうだと思って仕入れたんですよ。周りからはこんな本売れないでしょうと言われたのですが、店頭に置いていたら飛ぶように売れました。そのあと、ベストセラーになりましたからね。

「ミケーネ」のレジ袋は『初音ミク』のデザインを手掛けたKEIが描いたもの。
「ミケーネ」では書店の売り上げ減を補填するため、クリーニングの仲介業も開始した。あの手この手で書店を守るために阿部店長の奮闘は続く。
『疾風伝説 特攻の拓』の復刻版がしっかり入荷していた! ぜひ羽後町の若い世代にも、暴走族漫画の傑作と、一条武丸の素晴らしい魅力に触れていただきたいものだ。

本屋を活性化させたい方、羽後町に来ませんか?

――利用者の立場から、地元の武田遼哉さんにも話を聞きたいと思います。「ミケーネ」を活性化させるにはどんなことをすればいいと思いますか。

武田:何回も通いたくなる仕掛けづくりがあればいいなと。例えば、オリジナルのスタンプカードなどがあれば、足を運びたくなるような気がしますね。

――武田さんは『ラブライブ!』シリーズなどのアニメが好きだそうですが、例えばそういうイベントやフェアなどがあればどうですか。

武田:『ラブライブ!』の声優さんのサイン会があれば、ぜひ行きたいですね。もしサイン会があったら、他県からもお客さんが来てくれると思いますし、ついでに他の本も買ってもらえることもあるのではないでしょうか。あと、秋田県出身の漫画家さんを呼んでもらえるといいなと思います。『チャンソーマン』の藤本タツキ先生、『みかづきマーチ』の山田はまち先生が秋田県出身なので、ぜひ羽後町にいらしてほしいですね。

――阿部店長、何かイベントやフェアをやる気はないですか。

阿部:私ももう歳ですが、若い人が何かやりたいと来てくれたら、一緒にやってみたいですね。羽後町には現在、地域おこし協力隊が2人しかいません。本が好きで本屋の売上を伸ばすことに関心がある人は、ぜひ羽後町へ来てみませんか。仕入れは売れ筋が入らないので大変ですが、アイディア次第でいろんなことはできると思う。それに、そういう意欲的な人が乗り込んできてくれたら、取次が全面的に協力してくれるかもしれませんからね(笑)。

――取次さん、ミケーネをよろしくお願いいたします(笑)。

「ミケーネ」の阿部久夫店長(左)、羽後町在住の武田遼哉さん(右)。武田さんは地元の羽後高校の生徒会長を務めたこともあり、地域活性化などに関心があるという。ちなみに『ラブライブ!サンシャイン!!』の聖地、静岡県沼津市にも出かけたことがあるそうだ。

作家ほど地方の実態を知らない


 記者がネットニュースやSNSを見ていると、人気の漫画家や小説家が「ぜひ本屋さんでお買い求めください!」「書店を応援しています!」と発言していることがある。しかし、そういった人気作家の本は大抵、「ミケーネ」のような地方の個人経営の書店には並んでいない。羽後町に来る前に東京の大型書店を覗いたら、村上春樹の新刊がずらりと並んでいたが、一方で「ミケーネ」には1冊も並んでいなかった。

 なぜ並ばないのか。ここまで読んでいただければわかるように、仕入れたくても仕入れられないからである。書店がこうした状況に陥っていることは作家ほど知らない。記者が以前にインタビューをした作家は「ぜんぜん知らなかった」と驚いていた。作家がサイン会や色紙贈呈などで訪れる書店といえば大型書店やチェーン店ばかりだし、個人経営の書店が悲鳴をあげている実態はマスコミもほとんど取り上げないため、世間にも知られていないのだ。

 現に、羽後町内の顧客は「ミケーネ」で本を買わず、Amazonに流れている。例えば羽後町には『ラブライブ!』の熱狂的なファンが多いが、「ミケーネ」で買う人はほとんどいない。秋田県内の他の地域でも同様の例がみられるという。これでは地方の中小書店が存続するのは難しいと思われる。

 メディアの人間は東京中心で物事を考えがちだ。しかし、東京では当たり前に手に入るものが地方ではぜんぜん手に入らないという顕著な格差が、未だに存在するのである。嗜好品に関してはその傾向が顕著である。そして、長引いたコロナ騒動で地方経済は確実に疲弊し、羽後町もシャッターを下ろした店舗、廃墟、空き家が著しく増えた。地方のコミュニティをいかに維持していくのかは今後の大きな課題である。

 さて、「ミケーネ」はこれまで、『初音ミク』のキャラクターデザイナーのKEIにレジ袋をデザインしてもらったり、漫画家の原画展を開催したりと、意欲的な取り組みを実施してきた書店でもある。茅葺き民家を活用した民宿なども行っている。もし、この記事を読んで興味を持たれた方は訪問してみてはいかがだろうか。地方の書店を守るためのアイデアをお持ちの方は、ぜひ阿部店長と対話してみて欲しいと思う。

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