もしも大奥に幽霊が現れたら……? 霊視の力を持つ奥女中の物語『大奥の御幽筆』が切なくて温かい

もしも大奥に幽霊が出たら?

 そんな男子禁制という場所に、子供どころか着流し姿の大人の男性が現れたから里沙は驚いた。「曲者!」と叫ぶこともできずにいた里沙に男は、「俺の名は佐之介。江戸を彷徨い続けている……亡霊だ」と名乗り、記憶もないまま長い間、大奥の中だけでなく江戸中を彷徨っていることを明かす。江戸城に天守閣があった頃を知っているようだが、はっきりしたことは分からない。そんな佐之介をバディのようにして、発端となった子供の泣き声の主を探して歩いた里沙だったが、ようやく出会えた子供の幽霊もまた記憶をなくしていた。

 そして始まった子供の正体探し。入ったら出られないと思われがちな大奥でも、手続きを踏めば外に出て子供に関する調査ができるということが分かる。これに限らず『大奥の御幽筆』では、図解やミニ事典によって大奥の仕組みや女中たちの暮らしぶりが分かるようになっている。中華風の後宮と違って歴史の上に実在した大奥の場合、間違ったことは書けない。いろいろと調べた上でひとりの部屋方に何ができるのかを描いてあって、200年の時を超えて当時の人々の今と変わらない思いの深さが感じ取れる。

 実際の大奥にひんぱんに幽霊が現れたのかは不明だが、ここは野村や松、そして里沙を慈しんだ祖母のように幽霊の存在も、そんな幽霊が見える能力があることも信じてあげたいもの。そのことで、幽霊になってでも伝えたかった心残りが人にはあるのだということを感じ取り、自分以外の誰かに共感したり慈しんだりする気持ちの大切さを、強くその身に刻むのだ。

 物語は、文書の記録などを担当する右筆になった里沙が、その実“御幽筆”として大奥に起こる怪事に挑むようになるまでが描かれる。ここが始まりとするなら、今後どのような騒動が起こり、それぞれにどのような事情があって、それらを里沙がどのように解き明かしていくのかといった展開を楽しめそう。その過程で美貌の幽霊・佐之介の正体も明らかになるとしたら、いったい誰なのか。驚くような人物なのか。興味はつきない。

■書籍情報
『大奥の御幽筆』
菊川あすか 著
レーベル:ことのは文庫
出版社:マイクロマガジン社
発売:2023年2月20日
価格:792円(本体720円+税10%)
『大奥の御幽筆』特設サイト:https://kotonohabunko.jp/special/ohoku/

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「小説」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる