竜騎士07のノベルゲーム『ひぐらしのなく頃に』が20年愛される理由。漫画家・旭が語る作品の魅力
竜騎士07が制作したノベルゲーム『ひぐらしのなく頃に』が、今年で誕生20周年を迎えた。もとは同人ゲームとして制作された作品であったが、奥深いシナリオや魅力あるキャラクターが瞬く間に反響を呼び、爆発的なブームを巻き起こした名作である。これまでに小説や漫画も数多く出版されており、世代を超えて愛される作品となっている。
2022年4月号より「月刊アクション」で連載開始した『ひぐらしのなく頃に 鬼』を執筆する漫画家の旭は、熱狂的なひぐらしファンであることがきっかけに新作漫画を任された経緯をもつ。旭はこれまでに「くらげバンチ」で『殺彼-サツカレ-』を連載し、同人ゲームや美少女ゲームの制作に参画するなど多岐にわたる活動を続けるが、その創作の原点は『ひぐらし』にあるのだという。
12月12日には『ひぐらしのなく頃に 鬼』(以下、『ひぐらし鬼』)の1巻が発売された。今回は、公式の原案まで担当した異例の漫画家である旭に、ファン目線から今なお愛される『ひぐらし』の魅力を存分に語っていただいた。
『ひぐらし』が今なおファンを魅了する理由
――旭先生が『ひぐらし』を知ったのはいつ頃ですか?
旭:『ひぐらしのなく頃に解 皆殺し編』が出た頃なので、2005~06年でしょうか。この頃は最初に出た『鬼隠し編』の“正解率1%”という触れ込みもあって、ネット上のノベルゲームが好きな人たちの間で話題になっていました。実際にプレイしたらめちゃくちゃ怖くて面白く、真相が知りたくてしょうがなくなり、『ひぐらし』のキャラクターのことばかり考えてしまうようになり……つまり、ドハマりしたというわけです。当時は学生でしたが、新作が出るたびにコミックマーケットに行って、現地で買っていたんですよ。それからは漫画やアニメにもなったので、色々な媒体でより『ひぐらし』を楽しむようになりました。
――『ひぐらし』が登場して20年が経ちましたが、美少女ゲームの歴史を語るうえでは不可欠といえるほど、評価が確立されてきましたね。
旭:『ひぐらし』は全年齢対象の美少女ゲームでは、“伝奇ホラー”ジャンルの草分け的存在だと思っています。それ以前の伝奇ホラーといえば、美少女ゲームのなかでも少し難しいテーマとして扱われていた認識があります。『ひぐらし』は導入部分のホラーの要素だけを見れば、プレイする人を選ぶと思いますが、根底に流れるのは仲間、絆、話し合いといった熱いテーマです。ストーリーも人間ドラマに比重がおかれ、恋愛、家族、友人、子ども同士の関係、大人同士の関係、そしてチームなど人間同士の関係性といった普遍的な部分もすべて内包してあります。さらに、キャラが魅力的で感動的な場面も多い。総合的なエンターテイメント性が高いのです。このように、創作物としての完成度が優れていて間口が広いからこそ、幅広い層に受け入れられているのではないでしょうか。
――『ひぐらし』は大きく出題編や解答編などに分類され、さらに『鬼隠し編』などいくつかの話に分かれています。旭先生はどの話に興味を持たれたんですか。
旭:特に感銘を受けたのは『綿流し編』の解答編となる『目明し編』です。私が今描いている『ひぐらし鬼』の主人公、園崎お魎の孫にあたる魅音と詩音の話です。1人の恋に生きる少女でもあり、同時に残虐な凶行を連鎖させる殺人鬼でもある詩音の痛々しい行動と心情を巧みに描いた傑作で、物凄く心を打たれました。今でも『目明し編』の話をすると場所を選ばず泣いてしまいます。私は、物心ついた時からずっと絵を描いていましたが、『目明し編』で味わった衝撃をなんとか形にしたいと思い、その時初めて漫画の同人誌を描いてイベントに出たほどです。
――すごいですね。『ひぐらし』を発端に、旭先生の創作活動が始まったわけですね。『ひぐらし』は作中のトリックの面白さ、練り込んだ世界観も多くの人を引き付けていますよね。
旭:文章、絵、SEが一体になったサウンドノベルで味わう『鬼隠し編』の叙述トリックは特に見事な部分ですね。また、ヒロインたちが皆、後ろ暗い部分や加害性を伴っている点も衝撃でした。私の“推し“キャラは、環境によってもっとも加害性が高い園崎詩音なのですが、いちばん総合的に“かわいい”と思うキャラはメインヒロインの竜宮レナです。美少女ゲームのテンプレのようなヒロインで、二次元的な性格かと思われた彼女が豹変する「嘘だッ!」の演出が強烈なのは言うまでもありません。普通は躊躇してしまうような、生身の女性の生々しい心情描写や家庭環境の設定も次々と出てきますし、さらに物理的にも精神的にも強い女性であるレナはどこをとっても魅力があります。20年経っても色褪せない、秀逸なキャラクターかと思います。
かわいい絵柄と心情描写が素晴らしい
――レナが素晴らしいという話が出ましたが、『ひぐらし』を特徴づけているものといえば、竜騎士07先生の独特の絵柄です。私は竜騎士07先生の絵やキャラクターデザインは、唯一無二の存在だと思います。最初は違和感もありますが、慣れると愛らしく思えてくるというか、中毒性の高い絵柄ですよね。
旭:その通りです! 私は正直、私が描いている『ひぐらし鬼』も、竜騎士07先生の絵で全部見れたらいいのに、と思っているほどです(笑)。竜騎士07先生の立ち絵は本当に魅力的です。丸っこい顔のバランスや鼻の省略などで全体がデフォルメされているのに、鷹野三四のような大人っぽい女性、北条沙都子や古手梨花のようなロリっ娘も見事に描き分けています。私は特に詩音の私服が好きで、当時の萌え文化的にもなかなか着せないような、大人っぽくて女性受けしそうなシックなデザインです。竜騎士07先生は、キャラの魅力を引き立てる服を着せるのも上手いんです。そして、表情が素敵ですよね。使用回数が少ないのに印象的で豊かな顔の表現技法は、後続作品の『うみねこのなく頃に』でも如何なく発揮されています。また、大石刑事など、中年男性の描き分けも特に巧みだなと思っていて、絵描きさんとしても憧れです!
――年齢ごとの描き分けはもちろん、キャラクターの性格も読み取れる絵ですよね。
旭:竜騎士07先生の絵はデッサンに良い意味で囚われず、眉の位置や目の大きさなどの大胆な配置で喜怒哀楽を完璧に表現しています。1回しかゲームに出てこない表情もあって、こだわりが凄いんですよ。双子である魅音と詩音の描き分けも基本の表情の差だけで表現されていて、漫画家目線でもとても勉強になります。
――そして、旭先生が指摘するように、キャラクターの心情描写も素晴らしいですね。
旭:竜騎士07先生は前世が女性なんじゃないかと思うほど、女性キャラの生々しい描写がお上手です。私はもとから美少女ゲームが好きなのですが、竜騎士07先生の作品に出てくる女性キャラに出会ったことにより、“美少女キャラクター“という既存の概念が再構築され、私の好みの生々しくも魅力的な美少女像が確立されました。
――具体的にはどんな場面がお好きなのでしょうか。
旭:レナの家庭に不和が起こり、お父さんが美人局にはまる場面があります。レナ目線で描かれた、水商売の女性に向けた嫌悪感、そしてお父さんへの信頼と侮蔑と絶望の中で振り回される少女の描写が素晴らしい。よく、こんなものが描けるなあと。というか、こんな場面をメインヒロインの描写として描いて良いんだ……と、凄くびっくりしました。あと、『目明し編』はすべてが素晴らしいので話し出すとキリがないのですが、詩音が拷問を受けて窮地に陥り、「お母さん!」と叫ぶ場面があります。つらいときに呼ぶ言葉が「お母さん!」というのは、何とも言えないリアリティがありました。
――複雑な感情を丁寧に描写しているわけですね。
旭:そうです! 『ひぐらし』は、尊い感情と目を背けたくなるような醜い感情のせめぎ合いのなかから、何を選択し、何を見落とすかで世界が変わってしまうという、人間が一枚岩ではないことを表現しているのが魅力的です。『目明し編』は“最愛の殺人鬼”というサブタイトルの通り、凶行に走ってしまう恋する少女の話です。彼女は無数の間違いやすれ違いから凶行に走りますが、周りの人から快楽殺人鬼だと思われ、己の生を謝りながら死んでしまいます。しかし、彼女を調査していた大石刑事だけは「彼女はただの恋する少女でもあった」とわかってくれる描写があるのです。殺人鬼と恋する少女は同時に存在する。当たり前かもしれないですが、そのバランス感覚が見事で、「人間」の悪性と善性の同居が表現されている感じがして、何度でも泣いてしまうんです。