連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2022年6月のベスト国内ミステリ小説

2022年6月のベスト国内ミステリ小説

酒井貞道の一冊:小川哲『地図と拳』(集英社)

 1899年の義和団事件から、ある登場人物による1955年の現地再訪まで、満州を舞台に、極東アジアの地政学と近代史を描き尽くす。移り変わる視点人物は、相互の関係性が因縁と言えるほど複雑に深く絡み合い、そのことが本作の多面性を保証している。建築と地図がテーマを仮託した象徴として扱われるなど、符丁や暗示も多用され、一部はSFないしファンタジーの領域にまで拡大される。とまあこう書くととっつきにくそうだが、丁寧で読みやすく熱気もある文章で綴られており、起きる出来事も悉くが波乱万丈。本年度娯楽小説の最高峰の一つだろう。

藤田香織の一冊:西尾潤『無年金者ちとせの告白』(光文社)

 中央自動車道のPAに勤務する梨本ちとせは、無年金、無保険の73歳。食事はできるだけ「もらいもの」でまかなっている。<自分の無計画さが招いた人生の結果>とはいえ、ギリギリの生活。そこへ20年も前に別れた元夫が死亡し、保険の受取人がちとせのままになっていると連絡が。予想外の金を手に出来る可能性に期待を抱くが——。ちとせと同じように屈託を抱えた高齢の仕事仲間。PAの駐車場を根城にする車上生活者たち。それぞれの苦境と鬱屈が交差し、怒涛の展開へと雪崩れ込む。重い話なのにちょっと清々しくもある、バランス感覚が抜群に◎!

杉江松恋の一冊:小川哲『地図と拳』(集英社)

 後進の帝国主義国家として列強に肩を並べようとした日本は、自らを正当化するための装置として満州国という幻影を作り上げた。満州国を描こうとすれば諸勢力の思惑が重なりすぎてハレーションを起こし、正確な実像を結ぶことが難しい。小川は国家のミニチュアというべき架空都市を創り出し、その興亡を描くことで満州国の全体を書こうとした。壮大な歴史実験小説であり、冒険小説である。多数の視点人物によって物語は紡がれていき、それらが一つの像を作り上げる中盤以降の展開には知的興奮を覚える。これがエンタテインメントである。

 短篇集が三作選ばれました。重量級の長篇あり、社会派スリラーありと、今月も多彩なラインナップとなりましたね。さてさて来月はどうなりますことか。8月で本連載が始まって1年になりますが、ちょっとしたリニューアルを予定しています。どうぞお楽しみに。

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