昭和史ミステリー、なぜ増加? 当時のテレビ業界を描く、辻真先『馬鹿みたいな話!』の面白さ

昭和史ミステリー、なぜ増加?

 昭和史を題材にしたミステリーが増えている。昭和十三年の満洲を舞台にした伊吹亜門の『幻月と探偵』、終戦から一年後の古書業界を舞台にした門井慶喜の『定価のない本』、戦後の一時期存在した自治体警察を扱った坂上泉の『インビジブル』……。他にもあるが、きりがないので、ほどほどにしておこう。このように昭和史ミステリーが増加した理由は何か。いままで取り上げられてない題材があることや、時代風俗の面白さなど、複合的な理由があるだろう。そしてもっとも注目すべきは、多くの作者が昭和史を、歴史として捉えていることである。当然といえば当然だ。多くの作者が、自分が生まれる前の時代を扱っているのだから、必然的に歴史となるのである。読者も同じように、歴史としての昭和を味わうことができる。そこに昭和史ミステリーの、大きな魅力があるといっていい。

 だが、何事にも例外が存在する。辻真先の『深夜の博覧会 昭和12年の探偵小説』『たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説』、そして今回の書評で取り上げる『馬鹿みたいな話! 昭和36年のミステリ』は、近年の昭和ミステリーの中で、きわめて特異な地位を占めている。なぜなら1932年生まれの作者にとって、どれも自分が体験した時代であるからだ。もちろん現在から過去を振り返っているので、昭和史は歴史である。しかし同時にリアルな体験をした時間でもある。この二点が融合しているので、他の若い作家(あくまで作者の年齢を比べてだが)の昭和史ミステリーとは、手触り違う内容になっているのだ。

 と、前振りをしたところで本書のストーリーを見てみよう。昭和36年、駆け出しミステリー作家の風早勝利は、中央放送協会(CHK)のプロデューサーとなった旧友の大杉日出夫から、仕事の依頼を受け上京した。『プチミステリ』という新番組の脚本を求められたのだ。ちなみに番組は、三十分の生放送ドラマである。今まで知らなかったテレビの世界に驚いたり、熱海で騒動に巻き込まれたりしながら、ミュージカル仕立てのミステリードラマ『幸福が売り切れた男』を書き上げた勝利。リハーサルも終わり、ついに本番になった。ところが番組の終盤、出演者の中里みはるが消えた。幾つかの機転で無事に番組は終わる。しかしその後、みはるの死体が発見されるのだった。

 先にも触れたように、本書は作者の昭和史ミステリー三部作の掉尾を飾る作品だ。名探偵役は那珂一兵。作品ごとに立場が違っているが、本書では大杉に呼ばれ、CHKテレビ美術課契約社員をしている。ただし物語の主人公は勝利だ。勝利と大杉は『たかが殺人じゃないか』では、東名学園高校の三年生として登場している。また、『深夜の博覧会』から、再登場している人物もいる。順番に読んでいる人ほど、楽しめるようになっているのだ。

 さらにいえば勝利と大杉に、作者の経歴が投影されている。というのも作者は、1954年にNHKに入社。制作進行・ドラマ演出・プロデューサーなどを歴任したのだ。CHKがNHKをモデルにしているのは、いうまでもない。本書には実在の芸能人や番組名がたくさん出てくるが、NHK時代の回顧録『テレビ疾風怒濤』を読むと、自己の体験や見聞がベースになっていることがよく分かる。また、勝利と同じように作者も、江戸川乱歩編集「宝石」誌の新人コンクールで、宝石賞次席に選ばれている。作者の分身であるふたりに案内された、当時のテレビ業界がメチャクチャに面白いのだ。

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