気鋭のミステリ作家・結城真一郎の初短編集が凄い YouTuberを描いた理由「新しい価値観がもたらす日常の歪みに興味がある」

結城真一郎インタビュー

 平成生まれとして初の日本推理作家協会賞を受賞、3冊目の長編作品『救国ゲーム』(新潮社)が第22回本格ミステリ大賞の候補作に選出されるなど、今もっとも注目が集まるミステリ作家の一人、結城真一郎。その初となる短篇集『#真相をお話しします』が、6月30日に刊行された。 

 同作には家庭教師の派遣サービス業に従事する大学生がある家族の異変に迫る「惨者面談」、離島に暮らす子ども4人がYouTuberを目指す中で、隠されていた事実に気づく「#拡散希望」、さらにはマッチングアプリ、精子提供、リモート飲み会などを描いた5篇が収録。現代ならではの題材を扱った作品はミステリの可能性を押し広げるとともに、今を生きる誰もがリアリティを持って読めるものとなっている。 

 なぜ、結城はミステリに現代的なテーマを取り入れたのか。その理由や、ミステリを書きはじめたきっかけなどを聞いた。(小沼理) 

良いミステリは読者に「フェア」である


――『#真相をお話しします』はYouTuberやマッチングアプリ、リモート飲み会などを取り込んだミステリ短篇集です。現代的なテーマやガジェットを扱った理由を教えてください。 

結城:新しい価値観や技術、生活様式が出てくる中で生じる「日常の歪み」に昔から興味がありました。たとえば、迷惑系YouTuber。彼らは視聴回数を稼ぐため、迷惑行為や犯罪行為を撮影して注目を集めます。これは10年前には考えられなかった「動機」ですよね。こうした人間がいることも、それを楽しみに待ち望んでいる視聴者がいることも不思議だなと感じていて。自分自身、なんでそんな馬鹿げたことをするんだろうと思う一方で、クリックしてみたくなる側面もあります。そんな分裂した自分自身を原体験に、新しいミステリを書いてみようと思いました。 

 普段ミステリを読まない人も、身近な題材なら手を伸ばしやすいと考えたことも理由です。友人に「ミステリを書いてるんだ」と話すと、絶海の孤島で嵐に遭うとか、時刻表トリックのようなイメージを抱いている人が少なからずいます。そうではなくて自分の生活の延長線上にあるテーマを扱ったものなら、興味を持ってもらいやすいのではと考えました。 

 まだミステリで扱われていない題材を意識的に探しましたね。最近だとSNSの炎上をテーマにした作品はいくつかありますが、マッチングアプリや精子提供といった現代的なテーマに踏み込んだ短篇集はこれまでになかったと自負しています。 

――全5作が収録されていますが、「惨者面談」は結城さんがはじめて書いた短編だそうですね。短い中で二転三転する息もつかせぬ展開に、終始驚きながら読みました。 

結城:「惨者面談」は家庭教師を斡旋する仲介業のアルバイトを行う大学生の話です。これは自分が学生時代にしていたバイトを題材にしました。家庭教師のように一つの家庭でお子さんの成長を見守るのではなく、毎回違う家庭に乗り込んで契約を獲得する仕事なので、ひねりがあって面白いのではないかと。 

 ネタ自体はすぐ思いついたのですが、どうすれば最後のどんでん返しをいかにドラマチックに、かつ「フェア」に見せられるか悩みました。 

――ドラマチックなだけでなく、フェアに見せることが大事なんですね。 

結城:まず驚きがあって、そのあとに悔しさ、最後に納得感。この3つが揃っていると、良いミステリを読んだなって気分になります。この3つに必要な要素というと、それはフェアであることかなと。読者が絶対に気づけない書き方では驚きも半減するし、納得感も薄れます。「これなら自分でも気づけたな」って思えないと、悔しくもなれないでしょう。伏線をきちんと伏線だと思ってもらえるように、どう印象づけるかはいつも苦心しています。 


――他にも第74回日本推理作家協会賞短編部門を受賞した「#拡散希望」など、印象的な作品が収録されています。 

結城:現代的なテーマを扱いたいと思った原体験が迷惑系YouTuberなので、YouTuberを題材にした「#拡散希望」が評価を得られたのはうれしいです。自信につながりましたね。 

――作品からは現代社会の歪みや闇も浮かび上がります。何か現代に思うこと、問いたいことはありますか? 

結城:よく聞かれるのですが、問題意識を前面に押し出してはいないんです。新しいツールについて「こういう危険もあるよね」という視点で描いて、読んだ人の視野が広がればうれしいと思っているくらいで、社会に警鐘を鳴らしたいとは考えていません。一番はエンタメとして楽しんでもらえることです。 

 ただ、現代はSNSなどを見ていても、何か謎を解決することに快感を覚える人は多いと感じます。ドラマの考察も盛り上がりますし、人間の根源的な欲求なんでしょうね。その欲求は誰しもが持っていて、SNSによって可視化されたのかもしれません。今はそういう人は動画作品をよく見ていると思いますが、小説でもその面白さが味わえることはもっと多くの人に知ってほしいですね。 

――現代的なテーマを扱うには、その題材を知り尽くしている必要があるかと思います。執筆のための情報収集はどうしているのでしょう? 

結城:生の声を聞いたほうが熱量を感じやすくリアリティのある描写ができると思ったので、マッチングアプリを題材にした「ヤリモク」はアプリを使っている友人に話を聞きました。精子提供が題材の「パンドラ」のように、利用者が身近にいない場合は書籍の体験談やルポを読みましたね。 

 そうして情報を集めたうえで、考えたプロットが現実と照らしておかしなものでないかを検証します。利用者が想像する展開のイメージと、自分が思い描くストーリーのギャップを利用してどんでん返しを作ることもありましたね。 


――どの作品も結末にはミステリらしい後味の悪さがあり、印象に残ります。 

結城:日常でとんでもなく後味が悪い思いをすることはたぶんそれほど多くないですよね。ハッピーエンドやバッドエンドに振り切った作品がフィクションならではで好きなので、今回はバッド側で描きました。ただ、今作で描いているのは無敵の名探偵が出てくるのではなく、市中に暮らしている人が事件に出くわす物語。そこには白黒つけるのが難しいこともあるでしょう。その曖昧さは現実に寄せた部分かもしれませんね。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「インタビュー」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる