西村京太郎が遺した多彩な作品たちーーその功績をミステリ評論家・千街晶之が語る

西村京太郎追悼・千街晶之インタビュー

 トラベルミステリーの第一人者である作家・西村京太郎氏が3日、91歳で死去した。推理小説「十津川警部シリーズ」をはじめとして、数多くのベストセラーを発表した。その訃報を受けて、ミステリ評論家の千街晶之氏に西村氏の功績を解説してもらった。トラベルミステリーの重鎮であるのはもちろんのこと、それだけに収まらない非常に多彩な作風を持っていた西村氏。改めてその真髄を紹介する追悼記事をお届けしたい(編集部) 

たくさんの顔を持っていた作家 

 千街晶之氏は、西村氏の功績を次のように振り返る。 

「一般の読者にはトラベルミステリーの書き手としての側面だけが知られていて、初期の作品はあまり知らない人も多いでしょう。逆にミステリーのマニアだと、初期の作品しか読んでいないという人も多いかもしれません。作風が非常に多彩で、全貌を捉えるのが難しい作家であるという印象があります。 

 最初の長編は1964年の『四つの終止符』という作品で、その翌年に『天使の傷痕』で第11回江戸川乱歩賞を受賞しました。『D機関情報』(66年)のような第二次世界大戦中のスパイを扱った、社会派小説もありました。その頃は社会派ミステリーの書き手というイメージが強かったんですね。 

 それが70年代に入ると、作風は様々な方向に広がっていきました。昨今はトラベルミステリーのイメージが非常に強いですが、それだけには収まらないたくさんの顔を持っていた作家だと思います」 

 具体的にはどのような作品があるだろうか。

「70年代に入ると、かなりトリッキーな本格ミステリーを書いています。たとえば、代表作と言われている『殺しの双曲線』(71年)。あらすじは、雪山の山荘で滞在者が一人ずつ殺されていきます。アガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』を下敷きにした趣向に挑みました。 

 さらに冒頭では『この小説では双子トリックが使われています』ということを掲げてみたりする。本来は伏せておくことを明かすことで、読者に挑戦するような趣向も取り入れています。 

 あとは本格ミステリー路線でいうと、パロディミステリー「名探偵シリーズ」四部作(71年〜)があります。アガサ・クリスティのエルキュール・ポワロ、エラリー・クイーンのエラリー・クイーン(探偵)、江戸川乱歩の明智小五郎など、東西の推理小説の名探偵が集まって、推理合戦をするんですね。 

 とにかく非常に幅広い作品を手がけるようになっていったわけです」 

 そうしたなかでも「十津川警部シリーズ」は代表作のひとつ。テレビドラマ化もされていて、お茶の間にも広く知られる作品だ。 

「十津川警部は73年に刊行された『赤い帆船(クルーザー)』で初めて登場します。そのタイトルからもわかるように、当初は列車じゃなくて海の事件を中心に担当する警察官だったんですね。『十津川警部シリーズ』の初期は力作が集まっています。 

 また70年代には十津川警部と並行して、左文字進という私立探偵が登場するシリーズも発表するようになりました。こちらではいわゆる劇場型犯罪、つまり非常に奇想天外で常識破りな発想の誘拐事件などを扱っている。たとえば、『華麗なる誘拐』(78年)という作品は、日本国民全員が人質にとられるといった、壮大なスケールの物語です」 

 そして、70年代後半からは、トラベルミステリーを続けて発表。以来、その世界の第一人者となった。 

「78年の『寝台特急殺人事件』(ブルートレイン・さつじんじけん)以降、トラベルミステリーの書き手になっていくわけです。80年の『終着駅殺人事件』(ターミナル・さつじんじけん)では、日本推理作家協会賞を翌年に受賞しました。そこから続く作品で一世を風靡して、いよいよ国民的作家になっていきました」

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