カンザキイオリにとって“カンザキイオリ”は仮面だ 『サブスタンス』と自己像をめぐる葛藤

カンザキイオリ、『サブスタンス』を語る

カンザキイオリ「正しい命の浸かり方」第4回——『サブスタンス』

 29歳。です。

 30歳になるのが夢でした。なぜかって、そりゃあわかってますよね。30歳の大人はみーんな、軒並みエロいからですよ。

 大人はみんななんかエロそう。なんかいい匂いしてそう。仕事できてそう。やばそう。

 という幻想が、いかに幻想でしかないのかということに、この年になってようやく気づきます。だって、自分が醜いんだから。

 無印良品のボディークリームを体中に塗りながら踊る29歳男性。洗面所には洗濯物の山、山、山、山。犬の毛が至る所に散乱。電気ガス水道は払い忘れ。これのどこがエロいん? ぶっ殺すぞ。

 そうか、歳を重ねれば重ねるほどセクシーであり、そして大人の魅力が湧き上がるというのは、テレビ、ネットの誇大広告に、まんまと騙されていたわけですね。世の中の男性全員が綾野剛さんや星野源さん、世の中の女性全員が新垣結衣さんや夏帆さんみたいに、美しいわけじゃないんですよね。画面の奥で光り輝いている、幻想でしかないんですよね。

 みんな見たいものを見る。音楽も小説も、映画も。見たいものだけを選んでいって構築された30代が、俺にとっての「セクシーの権化」だったってことなんですね。

 鏡を見るたびに思います。セクシーなんてこの世にない。そこにあるのは、外に出ないから異様に肌が白いくせに、一応筋トレしてるから若干体躯のいい白豚が顔パックして髪を乾かしている姿。この世の終わりだ。豚が。

 私は顔を出していません。顔を出さないで活動をしています。顔を出さないことが、カンザキイオリ。私の正体がバレたら、それはもうカンザキイオリではないのでしょう。カンザキイオリ、という、いわば「アイコン」があるおかげで、私は活動できています。本当の私なんてそう、というか、今このエッセイを書いているこの瞬間だって、アーティストの面影なんてない。ソファーの真ん中で一人、パンツ一丁に素肌でカーディガンを羽織り、犬に睨まれている。カーディガンはいうまでもなく、犬の毛だらけ。黒いカーディガンがもう少しでフォーンの色に染まりそう。

 世の、顔を出している人たちは本当にすごい。だって、見た目への良し悪しを、全部受け止めているのだから。

「カッコいい、肌が綺麗、清潔感がある、身長高い、おっぱい大きい、ブス、デブ、キモい」

 私たちは化粧品が肌に合うか合わないかを口コミするみたいに、今じゃSNSでいろんな意見が飛び交っている。匿名希望の愛と哀。ぜーんぶが顔出しをして活動している人たちに降りかかる。

 誰が悪いか、何が良いか、正義は? 悪は? そんなものどこにもない。あるのはただの「評価」だけ。

 そんなグロさを体現したやつ。はい、持ってきました。こちら、はい、どん。

『サブスタンス』©The Match Factory

 2025年公開された映画『サブスタンス』です。ジャンルはそう、ホラー映画ではあるんですが、幽霊は出てきません。まあ、ちょっとSFっぽさはあるけれど、大丈夫、安心して観れますよ。この映画にある恐怖は、評価、ということに尽きる。

「女は若いほうがいい。女はホットなほうがいい とっとと探せ あのクソババア よくこんなに長く業界にいられたな」

 突然すみません。私のセリフじゃありませんよ。映画のセリフの一つです。デミ・ムーアが演じる「エリザベス」に対して、TVプロデューサーがトイレでションベンを垂れながら放った言葉です。

 上のセリフが吹替版。じゃあ一応、字幕版も書いておきましょうか。

「若くてホットな女で仕切り直す 今すぐにな あのババア なぜこんなに続いた?」

 こんな言葉があるなんて、強烈ですよね。そう、そういう映画なんです。

 美しさについて。年齢。評価。

 見た目の変化は、誰にだって起きるもの。あなただってそうなんですよ。あなたのその肌のきめ細かさ。あなたのスタイルの良さ。いうなればあなたの性欲だって。はは。時が経てば朽ちていくのです。衰え、弱り、朽ちていくのです。

 老いというものに、「醜い」とレッテルをつけたのは一体誰なのだろう。TV? メディア? SNS? 一体誰が、何が、私たちの生きるという変化を、こんな地獄に変えたのだろう? なぜ? 誰が? なんのために? 

 横にいる犬を見る。もう4歳になった。少し白髪が生えている。それでも愛おしい。歳をとっても、老いても、私の犬は美しい。かわい。老いてもなんだって愛おしい。それなのに、なぜ? なぜ人間は、老いに、醜いという、価値観の付属品がついてくるの?

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