幸せを犠牲にしなくても、天才と戦えるか? 『左ききのエレン』かっぴーが語る、初のビジネス書に記した思い

かっぴーが語る、初のビジネス書への思い

 累計400万部超のヒット漫画『左ききのエレン』で「才能」を描き続けてきた漫画家・かっぴーが、初の完全オリジナルビジネス書『天才になれなかった全ての人へ 自分だけの武器が見つかる才能論』を刊行した。

 25年以上にわたり「才能とは何か」を問い続け、自らも葛藤を重ねた末にたどり着いた、自分だけの武器を見つけるための“カード思考”。漫画では語り尽くせなかった才能論から、AI時代をどう生きるべきか、そして仕事と幸せを両立しながら天才と戦う方法まで。本書を書いた理由と、その根底にある思いを聞いた。

『天才になれなかった全ての人へ 自分だけの武器が見つかる才能論』(かっぴー/ダイヤモンド社)

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『左ききのエレン』では描き切れなかった才能論

――昨年から今年にかけては『左ききのエレン』のアニメ化や、『大人大戦』の連載など、特に多忙な日々を送られていたかと思います。そのような中で、本書を執筆されたきっかけを教えてください。

かっぴー:2024年に『絶対信じない』がnote主宰「創作大賞2024」の週刊少年マガジン賞を受賞したんです。その授賞式にはダイヤモンド社の編集さんもいらっしゃっていて、受賞後のパーティーで声をかけていただいたことがきっかけでした。

 そこから「一緒に本を作りましょう」という話になって。ビジネス書はそれまで挑戦したことがなかったんですけど、確かに「自分の中には書きたいことがあるな」と思ったんですよね。その後は約1年かけて何度も編集さんと打ち合わせを重ね、自分の考えを少しずつ整理しながら、一冊の本として形にしていきました。

かっぴー

――『左ききのエレン』には、『才能の正体』という架空のビジネス書が登場します。だからこそ、以前から才能について伝えたいことがたくさんあったのではないかと感じました。

かっぴー:そうですね。ただ、漫画の中に才能論をすべて盛り込むのは難しいんですよ。物語の展開に合わせて必要な要素を描かなければいけないので、本筋から大きく外れてしまう話までは描けない。でも、「才能とは何か」というテーマ自体はずっと考え続けてきました。

 若い頃から、「どうしたら天才に勝てるんだろう」「自分の才能を引き出すにはどうすればいいんだろう」と、ずっと才能について悩み続けてきたんです。中学生、高校生の頃からなので、もう25年以上くらいかな……? いわば「才能に悩み続けてきた歴25年」みたいなものがあって(笑)。だから、このテーマについてなら自分はかなり語れるという感覚があるんです。

 もちろん、その裏にはコンプレックスもあります。でも、そのぶん誰よりもこのテーマについて考えてきた自負もある。だからこそ、漫画では断片的にしか描けなかった才能論を、ビジネス書という形でなら一冊を通して伝えられると思ったんです。

ネガティブなカードは、裏返せば武器になる

――本書では、天才とは天賦の才を持った人ではなく、誰もがなり得る「状態」であると再定義されています。そして、その状態を把握し、コントロールするための方法論として「カード思考」が登場します。実は私、書籍の付録についているカードを使って、このワークを実際にやってみたんです。ぜひ見ていただいてもいいですか?

ちゃんめいが持つ「カード」

かっぴー:すごい、陽デッキですね(笑)。すごく健やかに育ってきたんだろうな、という印象を受けます。もちろん、掘り下げればもっといろいろ出てくるのかもしれないですけど……もっとこう、ドス黒いものが出てくるのかと期待していました。

――ドス黒いもの?!

かっぴー:(笑)。でも、これらがちゃんと“表のカード”として認識できているなら、それはすごくいいことなんです。逆に、裏返ったカードが多い人ほど、そのカードと向き合う価値があると思っています。

 例えば僕は、昔から本当に満足できない性格なんです。ひとつ成功しても、その打ち上げの頃にはもう興味がなくなって、次のことを考えている。若い頃は、そうやって次へ次へと進むのが自分だと思っていたし、それが仕事のできる人なんだと思っていたんです。でも実際はそうじゃなくて、本当に心から満足できないだけだった。

 それが40歳近くまで続くと、この「満足できない」というカードは、もう呪物みたいな存在になるんですよ(笑)。自分はいつ満足できるんだろう、人生のカタルシスはいつ来るんだろうって、ずっと考えていました。

 でも、その「満足できない」という呪いレベル99のカードを裏返してみたら、「継続力」レベル99のカードがあった。結局、この二つは切り離せない、同じカードの表と裏なんですよね。そう考えたら、「自分はすぐ満足できない人間なんだ」と少し受け入れられるようになりました。もし簡単に満足できる性格だったら、ここまで続けてこられなかったはずだから。

――なるほど。「満足できない」というドス黒いカードの裏には「継続力」があったと。

かっぴー:そうなんです。このカード理論を考える中で気づいたのは、ネガティブな部分を無理に消そうとするんじゃなくて、その裏には必ず別の価値があるということ。ある意味では、自分のネガティブな要素を「しょうがない」と受け入れることにもつながるんじゃないかなと思っています。

「一つの仕事」で自分を定義しない

――実際にカード思考のワークをやってみて、個人のキャリア設計で使われる「Will・Can・Must」というフレームワーク(※)を思い出しました。ただ、カード思考は「Will」の天井を決めずに「Can」を拡張していくので、より可能性が広がる印象を受けたんです。自分でも気づいていなかった自分に出会える感覚がありました。
※Will・Can・Must:キャリア設計などで用いられるフレームワーク。「Will(やりたいこと)」「Can(できること)」「Must(やるべきこと)」の3つを整理し、それらが重なる領域から目標やキャリアの方向性を考える手法。

かっぴー: なるほど。たぶん僕がカード思考という考え方に行き着いたのは、「一つの仕事だけで一生を終える人は、これからますます少なくなる」と感じているからなんです。

 例えばデザイナーだったら、デザインとは関係なさそうなスキルは「使わないもの」として眠らせてしまいがちですよね。でも、それが別のスキルと掛け合わさることで、大きな強みになるかもしれない。あるいは、本業とは別に副業として生かせる可能性もある。

 今は副業をすること自体が珍しくない時代ですし、一人が複数の仕事を持つことも当たり前になりつつあります。だからこそ、人間の個性を「一つの仕事」にだけ当てはめてしまうのは、すごくもったいないと思うんです。

 つまり、以前のように「これ一つを目指そう」という時代ではなくなってきているからこそ、自分のカードを広く見つめて、組み合わせながら可能性を広げていく考え方が今の時代には合っているんじゃないかなと思っています。

AIは「才能」を奪うのではなく、加速させる

――あと、実際にワークをやってみて、もう一つ面白いなと思ったことがあって。例えば私の場合、「ライティング」のカードは経験を積むほどレベルが上がる一方で、AIを使うことでMP消費量は下げられる気がしたんです。そう考えると、AI時代はカードそのものの強さが変わる……。ゲームチェンジが起こりやすい時代なのかなと感じました。

かっぴー: その感覚はあると思います。ただ、僕からすると、それってAIに限った話ではないんですよね。テクノロジーは昔からずっと、人間のコストを下げ続けてきた。例えば、僕が中学生の頃は、動画編集なんて一部の人しか扱えない特別な技術でした。それがソフトの進化で誰でも触れるようになって、今ではスマホ一台でできる。同じように、漫画も原稿用紙やGペン、スクリーントーンをそろえて描いていた時代から、iPad一台で描けるようになりました。

 AIはその流れをさらに加速させている存在ではあるけれど、「人間のコストを下げる」という意味では、今に始まったことではないと思っています。もちろん、コストが高いうちから始めた人には先行者利益があります。ハードルが高い時代に始めたからこそ、その分野の先生になれるわけですから。でも、キャリアの途中でゲームチェンジが起きると話は別で、そこはすごく焦りますよね。

――まさに。AIに希望を感じる一方で、今その焦りがあります。

かっぴー: そうなんです。若い人なら「とりあえず触ってみよう」で済む。でも20代後半から30代、40代くらいの人は、せっかく積み上げてきたものが急に簡単にできるようになるのを目の当たりにするわけじゃないですか。それは受け入れるのが難しい。

 漫画家でも、AIを積極的に触っているのは若手か大御所が多い印象があります。大御所はすでにキャリアを築き切っているから、「自分ならどう活用できるか」と冷静に考えられる。一方で、まさに今キャリアを積み上げている人ほど、「ここまで育ててきたスキルを簡単にできると思うなよ!」という感覚になりやすい。タイミングによって受け止め方は全然違うと思います。

――かっぴー先生ご自身は、AIをどのように活用されているのでしょうか。

かっぴー: 僕は苦手なことをAIに任せることが多いですね。苦手というより、時間やコストがかかること……。例えばメール。実は僕、メールを書くのがすごく苦手なんですよ(笑)。

 文章を考えるのも、文字を打つのもあまり好きじゃない。だから最近は音声入力で話したものをAIに整えてもらって「重複を削って」「箇条書きにして」とお願いすることが多いです。入り口としてはすごくシンプルな使い方ですけど、その恩恵はかなり受けています。

 あと、最近面白いなと思ったことがあって。韓国のクリエイティブ・ブティックと仕事をされている方から聞いたんですが、議論やブレストを重ねるよりも、まず試作品を作って見せる。それをたたき台に打ち合わせを重ねながら磨いていく……という方法があるそうなんです。その回転をものすごく加速させるのがAIなんですよね。

――なるほど、試行錯誤のスピードを上げる存在になっていると。

かっぴー:例えば『大人大戦』では、作画の都築真佐秋先生に建物のイメージを伝える際に、文章だけでは説明しづらいですし、自分でラフを描いてもうまく伝わらないことがある。そんなときにAIでイメージ図を作り、「こういう雰囲気です」と共有すると、都築先生もすぐにイメージをつかめるんです。

 もちろん、その画像をそのまま漫画の誌面に載せることはありません。最終的に世に出すものを、そのままAIに任せることにはまだ抵抗があります。あくまで、コミュニケーションを円滑にするためのたたき台として使う。僕には、そういう使い方が一番しっくりきています。

幸せを犠牲にしなくても、天才と戦えるか

――ここまでカード思考について伺ってきました。本書では、カード思考の後に、それを大きくブーストさせる「集中力」の話が続きます。そのまま「さあ実践しよう!」という流れで終わるのかと思いきや、最後に「才能があれば幸せか?」という問いが置かれている。その構成がとても印象的でした。最後にこのテーマを据えた理由を教えてください。

かっぴー:結婚して子どもが生まれたことは、やっぱりすごく大きかったですね。この章を書いた背景には、そのライフステージの変化が間違いなくあります。

 最近よく思うのが、「仕事が終わったら家族との時間をつくる」とか「今は仕事に専念する時期だから家族は後回し」といった考え方への違和感なんです。もちろん、その姿勢を否定したいわけではありません。でも、本当にそれしかないんだろうか、とは思うんですよね。

 僕の周りにも、仕事のために家族との時間を犠牲にしている人はたくさんいます。でも、どれだけ大きな仕事を成し遂げても、それだけで幸せになれるわけではないんじゃないか? と思うんです。だから僕は、「仕事か家族か」という二択ではなく、その両方を大切にしながら戦う道はないのかと考えるようになりました。

――二者択一ではない、新しい戦い方を模索されているんですね。

かっぴー:子どもができたから第一線を退くということでもない。かといって、家族を犠牲にして仕事だけに生きることでもない。その間に、もっと別の戦い方があるんじゃないかと思うんです。

 すべてを犠牲にすれば結果は出るかもしれません。例えば家族と離れ、一日中漫画だけを描けば、もっと面白い作品が描ける可能性はある。でも、それはある意味、一番簡単な戦い方でもあると思うんです。

 難しいのは、全く違う二つの人生を両立させながら、その中で結果を出すこと。だからこそ、この本の最後には「才能があれば幸せか?」という問いを置きました。

 僕は、幸せを犠牲にして成功するのではなく、幸せなまま天才に勝つ方法を考え続けたい。そのためには時間の使い方も含めて、自分の才能をどう生かすかを考える必要がある。その思いがこの章には込められています。

「天才になれなかった全ての人へ」に込めた思い

――ライフステージが変わる中で、仕事とどう向き合うかは、多くの人が直面するテーマですよね。だからこそ、読者の共感を集め、発売からわずか5日で重版も決定したのだと感じます。

かっぴー: 実は、人生でこの一冊のつもりで書いたんです。もちろん実際にどうなるかは分からないですけど、「天才になれなかった全ての人へ」という、自分が一番大事にしていた言葉をタイトルにしたくらいですから。

 漫画家って、ビジネス書を出す人はあまりいないじゃないですか。それも何冊も出せる人なんてもっといない。だから、この一冊に全部入れようと思ったんです。自分が考えてきたことを全部出し切ろう、と。きっと誰かの役には立つと信じて書きました。だから、発売直後にたくさんの反響をいただけたのは本当に嬉しかったですね。

 でも、一番大事なのは、長く読まれ続けることなんです。ちょうど『左ききのエレン』のアニメ化もあって注目していただけたタイミングではありましたが、そういう追い風がなくても、例えば来年の就職活動の時期に手に取ってもらえたり、何かに悩んだときの選択肢として思い出してもらえたり。そんなふうに、定番として読み継がれていく本になってくれたらと。

 時代が変わっても通用する内容を書いたつもりですし、個人的には、これから先の10年を生きる人たちに必要な一冊になればいいなと思っています。

――漫画、アニメ化、そしてビジネス書の刊行と、表現の幅を広げ続けているかっぴー先生。最後に、今後挑戦してみたいことや目指していることがあれば教えてください。

かっぴー: 今年に入ってからずっと言っているのは、映画の脚本を書いてみたいということです。とはいえ、僕は「書いてみたい」という言い方が一番嫌いなんですよ(笑)。まだ実際に書き始めていないので、そう言うしかない時期なんですけど……。

 ただ、もっと大きく言えば、新作をたくさん生み出したいということなんです。そのアウトプットが映画になるのかもしれないし、やってみたらやっぱり漫画原作が一番しっくりくるなと思うかもしれない。今はいくつか物語の種を育てながら、少しずつ形にしている段階ですね。

 そのなかで最近興味があるのは、週刊連載とは違う、ひとつの物語として完結する作品です。『大人大戦』のように毎週カタルシスを積み重ねていく面白さにはすごく満足しているんですが、一方で、映画のように2時間で一本の物語を描き切る作品にも魅力を感じています。映画になるかは分からないですけど、単行本2~3冊くらいのボリュームで読める、まとまった物語をたくさん作ってみたいですね。

■書誌情報
『天才になれなかった全ての人へ 自分だけの武器が見つかる才能論』

『天才になれなかった全ての人へ 自分だけの武器が見つかる才能論』(かっぴー/ダイヤモンド社)

著者:かっぴー
価格:1,914円(税込)
発売日:5月27日
出版社:ダイヤモンド社

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