杉江松恋×千街晶之×若林踏、2021年度 国内ミステリーベスト10選定会議 第1位は特殊設定ミステリーのびっくり作?

リアルサウンド認定2021年度国内ミステリーベスト10選定会議は書評家の千街晶之と若林踏、杉江松恋によって12月11日にリモートで行われました。前もって各自が10冊ずつの推薦作を提出し、1位10点2位9点というように評価をして仮の順位をつけました。議論の模様は別掲の通りです。どのような結果になりますことか。
書評家たちがいちばんびっくりした作品は?

千街晶之(以下、千街):同意です。メフィスト賞に輝いた『スイッチ 悪意の実験』でデビューした期待の新人ですが、間髪入れずに放ったこの第二作も本当に力作でした。タイムリープを使った特殊設定ミステリーでは間違いなくここしばらくのベストでしょう。
若林踏(以下、若林):では3位以上にするということで。謎解きに主眼を置いた小説ということでは『時空犯』を別にすると『大鞠家殺人事件』『嘘つきな六人の大学生』『救国ゲーム』『蒼海館の殺人』『忌名の如き贄るもの』といった作品があるわけですが、その並びをまず決めませんか。

千街:ただ、そこまで頑張っているので、逆に粗が目だってしまうんです。犯行計画について、そういう展開になったからいいけど、ならなかったらどうするつもりだったんだろう、と犯人の杜撰さが気になってしまいました。
杉江:なるほどね。ネタばらしになってしまうので、具体的に触れられないのがもどかしい。ただ、物証を元にした論理展開などにはやはり好感を覚えますね。
若林:そうです。論理の密度という点では今挙がった中では頭抜けていると思う。

千街:私は『大鞠家』ですね。
杉江:『大鞠家』が小説としていいところは物語として停滞する箇所がないことです。ずっとおもしろい、それって物語として重要ですよね。探偵小説としての美点とはまた別に、そういうおもしろさで加点したい気持ちがあります。途中に出てくる踊る赤い小鬼のエピソードなどは、ディクスン・カーが時々書く脇筋の遊びを思わせてまた微笑ましい。
若林:娯楽小説を作り上げる手つきの良さですね。

杉江:若林さんが1位に推している『おれたちの歌をうたえ』はどうですか。
若林:呉さんは前作の『スワン』で直木賞候補になったんですが、読ませる力は格段に上がっています。この作品で強調したいのは、暗号小説としての側面ですね。米澤穂信さんが以前におっしゃっていたことなんですが、暗号小説は小説の部分と暗号の要素が乖離することが多い。ところがこの作品は呈示された暗号と、栄光に満ちた少年期を送っていた主人公たちがうらぶれた中年になってしまった現在の姿をなぜ描く必要があったのか、という物語の謎とが非常に合致している。そこが美点だと僕は考えます。

千街:物語は途中で二筋に分かれて、国内を描いたほうは経済犯罪を追う話になります。ある登場人物が冒頭近くで「この国はね、もう真っ当な国ではないんだよ」という言葉を吐くんですね。この小説は『ハヤカワ・ミステリマガジン』に連載されていたんですが、その当時は誰も想像していなかったようなことが連載が進むうちに現実の世界では明らかになっていった。そうした事態も月村さんは物語に取りこんでいっています。作者の剛腕を感じさせる部分です。

千街:まあ、ベスト3とは言いませんけど、上半分に残っていれば私は納得しますよ。
杉江:じゃあ、暫定で5位ということにしますか。これまであまり話の出てないものにも触れましょう。謎解き小説で『救国ゲーム』と『忌名の如き贄るもの』がありますね。
若林:『救国ゲーム』の結城真一郎は、昨年日本推理作家協会賞を短編部門で受賞している注目の新鋭です。この作品はドローンを使って死体の頭部が運ばれてくるという事件が描かれるんですが、まるで鮎川哲也『黒いトランク』を読んでいるようで、そこの部分の緻密な推理については本当に感嘆させられました。

杉江:毎回ホラーとミステリーを融合させた形で趣きの違った謎解きを読ませてくれる連作ですが、今回は仮死状態になった少女が自分の葬式が進行していくのを身動きもできずに見守るという冒頭部分から引き込まれる展開でした。例によってさまざまな怪異が振り撒かれて、どうやって収拾をつけるのかと思いましたが、最後の回収も決まっている。非常に手数の多いところが美点ですね。
千街:『救国ゲーム』と『時空犯』は共に奇抜な設定を使って、その中でガチの謎解きをやるという小説なんです。趣向が似ていると言えなくもない。一方で『時空犯』をベスト3にするわけですから、『救国ゲーム』はそこまでは順位にこだわりません。