連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2021年11月のベスト国内ミステリ小説
今のミステリー界は幹線道路沿いのメガ・ドンキ並みになんでもあり。そこで最先端の情報を提供するためのレビューを毎月ご用意しました。
事前打ち合わせなし、前月に出た新刊(奥付準拠)を一人一冊ずつ挙げて書評するという方式はあの「七福神の今月の一冊」(翻訳ミステリー大賞シンジケート)と一緒。原稿の掲載が到着順というのも同じです。
いよいよ年末。みなさんの2021年はいかがでしたか。来し方を振り返る前にまずは11月刊行分のお薦めをどうぞ。
千街晶之の一冊:『リズム・マム・キル』北原真理(光文社)
無思慮さと狡猾さが同居する十二歳の少女、「正しい」ことしか主張しないが娘の立場や感情には無神経な母親、この母娘を狙う狂った殺し屋、彼の暴走を阻止するため別の殺し屋を雇った仲間……本書の登場人物は誰も彼も普通ではない。あまりの狂気の沙汰に、序盤はただ戸惑うばかりだろう。だが読み進めてゆけば、敵味方が目まぐるしく入れ替わり、悪党とのあいだにすら共感が生まれる破格の展開の果てに、胸が熱くなるような不思議な境地に包まれることになるのだ。著者にはこれからも良識など踏みにじって、書きたい放題書いてほしい。
野村ななみの一冊:『リズム・マム・キル』北原真理(光文社)
ある朝、十二歳の少女るかの自宅に現れた殺し屋ヤタ。壊れた殺人鬼によって、るかの日常は一変する。母に致命傷を負わせたヤタに連れ去られ、少女は否応なく、欲望と暴力にまみれた世界と対峙することになるのだ。
ヤタとるかをはじめ、登場人物たちの関係性は、どれもが歪で痛々しい。けれど彼らは、狡く汚くても、タイトル通り〈母〉を殺してでも、生きようと足掻く。これこそが、社会に虐げられた者たちの戦いであると証明するように。圧倒的なスピード感と二転三転するスリリングな展開運びによって描かれる、苛烈で容赦ない物語。
若林踏の一冊:『中野のお父さんの快刀乱麻』北村薫(文藝春秋)
文芸誌編集部に勤める娘が持ち込む文壇絡みの謎を、本への愛に溢れるお父さんが解き明かす連作短編シリーズの第三作だ。各編では書物にまつわる深い知識が披露されており、書誌学的な探求がスリリングな謎解きの興奮へと繋がる逸品が揃う。なかでもミステリファンに強くお勧めしたいのが「瀬戸川猛資の空中庭園」である。ミステリ批評の歴史に名を刻む文筆家の姿を、大学サークルの機関誌に掲載された映画評を端緒に鋭い洞察で掘り下げていく話だ。分厚い文芸評論を一冊読み終えた時と同じ充実感を、この一編で味わうことが出来る。