杉江松恋×川出正樹、2021年度 翻訳ミステリーベスト10選定会議 警察官がひどい目に遭う話が豊作 !?

リアルサウンド認定・2021年度翻訳ミステリーベスト10選定会議は、書評家の川出正樹と杉江松恋によって12月20日にリモートで行われました。前もって各自が10冊ずつの推薦作を提出し、1位10点2位9点というように評価をして仮の順位をつけました。議論の模様は別掲の通りです。その結果、次点も含めて11作が選出されました。さて、議論はここから。
2021年は警察官ご難の年?

杉江松恋(以下、杉江):いいですね。『ブートバザールの少年探偵』は、よくある少年探偵ものかと思わせておいて、後半で苛酷な現実に主人公を直面させるという優れた犯罪小説でしたが、結末の付け方などはミステリーとはまた別の要素も含まれていましたからね。
川出:ああならないといけない小説ではありましたね。
杉江:先回りして言っておくと、次点は『台北プライベートアイ』でいいです。私が推薦した作品で、台湾発の珍しい私立探偵小説です。しろうと探偵を事件に絡ませるやり方が新鮮ですし、お好きな方には台北の街描写もたまらないはずですが、このくらいが妥当でしょう。
川出:さて、ここからどうするか。

川出:だからといって下位にもできないでしょう。いや、これだけ書かれたら評価しないわけにはいかないよ。2018年に発表された『カササギ殺人事件』の、まさかの続篇で、エルキュール・ポアロを思わせる探偵アティカス・ピュントが登場する作中作が、前作とは違った形で入っている。前回は作中作と現実の事件で二つの謎解きが楽しめる趣向だったけど、今回はその二つが連動するというのが工夫だよね。
杉江:よくまあ『カササギ』に続篇を書こうと思いましたよね。ホロヴィッツはドラマの脚本家でもあるから、そういう連続物の転がし方が巧いんだよな。これはまあ上半分に置いておくべきでしょう。とりあえず4位というところか。そういえば、こうやって眺めてみると一つの傾向に気づきませんか。
川出:ん、何。
杉江:「ひどい目に遭いながら捜査をする警察官」の小説が5つも入ってますよ。2021年は警察官ご難の年だったのか。

杉江:『スリープウォーカー マンチェスター市警エイダン・ウェイツ』は三部作の掉尾を飾る作品で、第一作の『堕落刑事』はエイダンが依存症になりながら潜入捜査をする話、次の『笑う死体』は前作の結果左遷されてしまって夜勤刑事になった彼が不可解な死体の謎を解く話でした。
川出:今回の帯に「ついにノワールの謎解きが本格ミステリーを超えた」と挑発的なコピーが書かれているけどそれくらいの意気込みがある作品で、物語の最後に「名探偵が関係者を一同に集めて『さて皆さん』」という謎解きの場面まで持ってきているんだよね。

川出:わかる。ああ、苦労して解説を書いているな、と思いましたよ。ここではまったくあらすじを紹介できないですね。題名からわかる通り、主人公たちが何かから逃げている話だ、というくらいしか。冒頭の場面で読者が予想したのとはまったく違う展開になるということだけは保証しておきます。作者のアルネ・ダールはいったん邦訳が出た後でしばらく途絶えていたんだけど、このシリーズで見事に復活しましたね。
杉江:その三作がシリーズものです。この中で順位をつけるとしたら『スリープウォーカー』『狩られる者たち』『ファントム 亡霊の罠』でしょうか。
川出:そうですね。『ファントム 亡霊の罠』はこれ単独で読めるんだけど、主人公の置かれた状況を本当に理解しようとしたら既存作の『スノーマン』ぐらいは読んでおいたほうがいい。結末が本当に衝撃的で、この作品に続篇があるというのが信じられない。
杉江:集英社文庫には声を大にして言いたいですね。頼むから続篇も翻訳して、と。


川出:主人公がマッチョじゃなくて古書店主というのがいいね。『血の葬送曲』は猟奇殺人事件の仕掛けが軸になっているんだけど、『狼たちの城』は主人公が知略で次々に危機を脱していく展開が読ませどころで、エンタメとしてはこっちのほうが読みどころが多いのではないでしょうかね。
杉江:では、『狼たちの城』『血の葬送曲』『スリープウォーカー』『狩られる者たち』『ファントム 亡霊の罠』と並べましょう。これらの順位を確定する前に、手付かずの上位について議論しませんか。川出さんが1位に推したのが『自由研究には向かない殺人』私は『父を撃った12の銃弾』です。


















