いまなぜ“大正”ロマンスが人気? 『わたしの幸せな結婚』『煙と蜜』『大正処女御伽話』などヒット作から考察
今なら意外だと思われる相手であっても、家同士の取り決めで許嫁にされることがある大正時代ならではのラブロマンス。その中で、長蔵ヒロコの漫画『煙と蜜』も注目を集めている作品だ。
ヒロインの花塚姫子は、尋常小学校に通っている12歳の少女。東京で暮らしていたが、病気の療養のために名古屋に移った母親に着いてきて、母方の祖父や女中たちと暮らしている。そんな姫子の相手というのが18歳も離れた30歳の軍人というから驚きだ。
土屋文治という名前で、背が高くいかつい顔していつも目の下にクマを浮かべている。夜道で出会ったら男でも腰を抜かしそうな強面だが、姫子は怖がらずむしろ家に来てくれる日を心待ちにしている。
顔に似合わず文治は優しくて礼儀正しく、少佐という階級にありながら偉ぶらないで姫子や女中たちと接する。台風が来た時には、雨の中を隊舎から駆けつけ女性しかいない家に泊まり込んで皆を守ろうとする。そんな文治に姫子は惹かれていて、だからこそ子供に過ぎない自分で良いのかといった悩みをかかえている。名古屋の街にデートに行こうと誘われた時、何を着ても大人っぽくならないと涙ぐむ。ふさわしくあろうと必死に努力している姫子が愛らしい。
美世たちと同様に、姫子と文治の許嫁としての関係も家同士の打算から始まったもの。それが、お互いを尊重しあうことで心温まる純愛ストーリーになっていく。現実の大正であり軍隊も舞台となっている『煙と蜜』の場合、文治の配下にいる天道少尉が男尊女卑的な考えの持ち主で、姫子の家に足繁く通う上官の態度に納得できずにいる。別の部下は12歳差の少女との関係を脅しのタネにしよう画策する。これを一蹴した文治の手際に軍人としての切れ者ぶりが伺える。
大正という、恋愛について今ほど自由ではなかった時代だからこそ浮かぶ周囲の障害を乗り越え、本人同士が抱えているわだかまりを打ち破って近づいていく展開が、『煙と蜜』にはある。『わたしの幸せな結婚』にもあって、そこにときめく人たちの支持を得て人気になっているのかもしれない。
もう1作、大正純愛ストーリーでは、右腕が事故で不自由になって家業から遠ざけられ、ペシミストになった志磨珠彦の家に、金で買われた立花夕月という少女が送り込まれ、献身的な働きで関係を深めていく桐丘さなの漫画『大正処女御伽話』もある。10月からテレビアニメが放送される予定で、合わせるようにスピンオフ作品『大正処女御伽話-厭世家ノ食卓-』も「少年ジャンプ+」で連載中。前2作と合わせ読みたい作品だ。だしの取り方や人参の辛煮の作り方、当時としては超ハイカラなカツ丼の作り方が描かれていて、大正時代ならではの食事情に触れられる楽しさもある。
■紹介書籍
顎木あくみ『わたしの幸せな結婚』(富士見L文庫/KADOKAWA)
長蔵ヒロコ『煙と蜜』(ハルタコミックス/KADOKAWA)
桐丘さな『大正処女御伽話』(ジャンプコミックス/集英社)