菊川あすか「大奥の御幽筆」シリーズ完結記念対談 嵯峨景子 × 七木香枝が語り合う、“納得できる読後感”の理由

菊川あすか「大奥の御幽筆」完結記念対談

 菊川あすかによる「大奥の御幽筆」シリーズが、第5巻『大奥の御幽筆 ~最後の恋文~』(マイクロマガジン社/ことのは文庫)をもって完結した。亡霊が見える主人公・里沙は家族から虐げられていたが、叔母の誘いを受け大奥で暮らすこととなる。そんななか彼女は孤独に彷徨っていた亡霊・佐之介と出会い、怪異事件を解決。そして死者の想いを生者に届ける「御幽筆」として歩み出していく。

 江戸や大奥を舞台とした時代小説として、はたまた生者と死者の恋物語として、さまざまな側面をもつ本作。今回はシリーズ完結を機に、書評家の嵯峨景子氏と七木香枝氏に作品の魅力を語ってもらった。(皆川潤喜)

第4巻で物語が深まり、第5巻で納得できる結末へ

『大奥の御幽筆 ~最後の恋文~』(著:菊川あすか・イラスト:春野薫久/ことのは文庫)

ーーまずは「大奥の御幽筆」シリーズの感想を教えてください。

嵯峨景子(以下、嵯峨):第5巻の終わり方にとても感動しました。生者・里沙と死者・佐之介の関係の落としどころがどうなるかと考えながら読み進め、個人的にはもっと切ない結末になるのかなと思っていたんです。でも、読者が納得できて、なおかつあたたかな余韻を残す、すごくよい終わり方でした。

七木香枝(以下、七木):生者と死者の二人が結ばれないことはわかっているし、里沙には佐之介の成仏を見送ろうとする覚悟もある。だからこそ私も二人の別れで終わるのかなと思っていました。作者の菊川さんは二人にとって幸せな、でも少し切なさも混じった結末を書いてくださった。ここまで読んできてよかったと思える完結巻でした。

 4巻までの積み上げがあったからこそ、5巻の着地点につながったんだと思います。本書のあとがきでは「当初から結末は決まっていた」と書かれていましたし、最初から作品の着地点が見えていたからこそ、読者が納得できる読後感になったのだと思います。

嵯峨:4巻はかなりつらかったですよね。佐之介と恭次郎のすれ違いや、偽りの記憶など、いろいろな要素が絡まっていく。シリーズの中で最もダークな巻であり、その分読み応えもあると感じました。

七木:「ああ、ここまで書いてくれるんだ」と感じ、二人の関係がどうなるか、期待が高まりましたよね。

 第1~3巻では「亡霊たちの心残りを聞き取り、救っていく物語」として、切なさはありつつもポジティブな感情に目が向けられる展開でしたが、4巻で佐之介の秘密と結びつく恭次郎が登場したことを境に、ぐっと深みが増していったと思います。いわゆる「泣ける話」は人間の綺麗な面を綺麗に描くことが多いなかで、本作では人間が持つ醜さ、嫉妬や葛藤にも焦点が当たっていて、いいなと思いました。

嵯峨:佐之介と恭次郎の場合は、さらに親世代の嫉妬なども絡んでいるから、余計に複雑というか、背負っているものが重いですよね。

七木:二人は仲良くしたいはずなのに、単なる友人としてはいられない……。時に歯がゆくもある関係性の描写が絶妙でした。

ーー本作は時代小説としての側面もある作品かと思います。

嵯峨:菊川さんは江戸時代がお好きなんだろうなと感じましたね。江戸時代の空気感が作品に落とし込まれているため、非常に読み応えがありました。里沙が御幽筆の調査という名目で大奥の外へ出かけることで、作中では江戸の街並みをちゃんと映している。大枠としての時代背景とともに、作品の細部に江戸のリアルな街の様子も描いていることが、時代小説としての本作の魅力だと感じます。

七木:書きぶりから江戸や大奥への愛が伝わってきますよね。私がいいなと思ったのは、江戸時代の長さを物語に落とし込んでいる点です。明暦の大火(1657年)で亡くなった佐之介と、徳川家斉の時代(1787~1837年頃)に生きる里沙。本来は出会うはずのなかった二人が出会い、佐之介の失われた記憶を辿る。そのなかで橋の有無や流行の色、建物や文化の変化といった時代の移り変わりが書かれており、江戸時代を立体的に捉えていると感じました。

 また、大奥の「自由に外へ出られない」という制約を、里沙の行動を後押しするギミックとして使っている点が上手だと思います。

嵯峨:大奥が舞台というと、女性同士のドロドロした諍いを想像しがちです。しかし本作はあえて女性同士の諍いを避けて、人々の絆にフォーカスしている。あたたかい読後感の大奥ものというところも、本作の大きな特徴だと思います。

七木:私も最初は大奥のお話と聞いて「寵愛争いの話なのかな」と少し思いましたが、全然違いました。一口に「優しい物語」と言ってもいろいろな形があると思いますが、本作では他者とどのように関われば自分と周囲に優しくすることができるか、ということが描かれていたと感じます。もちろん不穏なものも描かれますが、心持ちや行動によって少しずつ世界で息をしやすくなる。そんな優しさが全編に通底していて、読んでいて心地よかったです。

嵯峨:本作は和風ファンタジーの一つとしても読めますよね。今の和風ファンタジーは、『わたしの幸せな結婚』(著:顎木あくみ)などに代表される大正ロマンものが花盛りですよね。もちろん、そのような物語にもロマンがありますが、本作は江戸時代にフォーカスして、そこに亡霊というファンタジー要素を組み合わせている。そのつくりが個人的にとても気に入っています。

恋愛作品としての「大奥の御幽筆」シリーズの魅力

ーー序盤の、里沙が大奥で居場所を得ていく流れは、いわゆるシンデレラストーリーでした。

嵯峨:家族から虐げられている主人公が、大奥で居場所を見出していく。王道をちゃんと取り入れつつも、「ざまぁ」展開には向かいません。家族に虐げられていた過去はあるけれど、復讐するのではなく人を助けるといった、人情の方向へ進んでいく。そこが本作らしさだと思います。

七木:里沙は不幸な目に遭いながらも、不幸に浸りきることをしないんですよね。つらい境遇ではあるけれど、祖母の梅という心の支えがあったこともあり、未来に向かって自分で歩こうとする気力がある。そこが本作を素直に応援しながら読み進められる仕掛けになっていたのだと思います。

 シンデレラストーリーには、悲惨な境遇にいた女の子が恋愛や結婚によって救われる話が多い。それも一つの救いの形ですが、現代の読者の中には違和感をもつ人、「自立した女の子を見たい」という人もいると思います。里沙は自分の力で進んでいく人物なので、その塩梅に好感を持ちました。

嵯峨:里沙はかなりアクティブですよね。上司である野村に対しても、外へ調査に行きたいと自分で主張するし、野村も提案を受け入れてくれる。里沙の芯の強さや行動力には共感しながら読んでいました。

七木:野村もいいですよね。陰に日向に里沙を応援してくれていて。

嵯峨:私は野村がすごく気に入っているキャラクターです。理想の上司だなと思います。

七木:また、里沙は価値観がかなり現代的でしたよね。悪役にあたる日尚に対しても「なぜこんなに悪いことをするのだろう」と考える。日尚を悪者として断じるのではなく、彼にも現在に至る背景があるし、自分も同じようになっていたかもしれないという可能性を見ている。自分と違う道を行く彼をある種尊重しているし、必ずしも自分の選択が正しいとは思っていない……。善と悪をはっきりと分けない彼女だからこそ、亡霊たちの心残りをほどいてあげられたのだと思います。

嵯峨:日尚は複雑なキャラクターですよね。もしかしたら日尚は里沙がたどる道としてあり得たかもしれない存在であり、その対比も面白いです。好きなキャラクターというのとは少し違うかもしれませんが、シリーズを通して印象的なキャラクターでした。

七木:ファンタジー作品でありつつも、都合のよいようには物語をまとめていないところも魅力でした。登場人物の病気が都合良く治るようなことはないし、主人公の二人が優遇されることもない。シビアな線引きや現実の苦さが裏付けにある優しさだからこそ、登場人物に共感できたのだと思います。

嵯峨:シビアなところもある物語ですよね。生者と死者の越えられない壁もそうですし。人生の厳しさや切なさを書きつつ、本質的なところにやさしさやあたたかさがある点が本作の魅力ですね。

『大奥の御幽筆 ~あなたの想い届けます~』(著:菊川あすか・イラスト:春野薫久/ことのは文庫)

ーー里沙と佐之介の恋愛は本作の大きな軸ですが、恋のライバルが出てきて三角関係になるといった、王道展開が起こる恋愛ものではありません。

嵯峨:生者と死者という障壁が大きすぎますよね。そこに恋のライバルを入れると壁が多くなりすぎると思うので、二人の関係にフォーカスしたのは正解だったと思います。生きている世界が文字通り違うから手を触れられない、思い合っているのに切なさがつきまとう……。生きている者同士では味わえない切なさが、二人の関係の大きな魅力だと思います。

七木:他の亡霊とは違って、佐之介は里沙に触れられるかもしれないという期待をさせる場面もありますよね。だから読者も期待しそうになるんですけれど、温もりや気配を感じるのに手が届くことはない。その切なさが胸に来ました。

「人と人との絆を描いた」「寂しくて、あたたかい」物語

ーー菊川先生の作家性は、どんなところに表れていると感じましたか。

嵯峨:作家性と言っていいのかわからないのですが、おやつのシーンがすごく魅力的だと思いました。里沙が深刻になっているときに、お松がお菓子を持ってくるじゃないですか。シリアスな展開に和みの要素を入れるバランスが好きでした。

七木:私は情報の取り扱いがとても巧みな方だと思いました。江戸時代を舞台にした物語はライト文芸では珍しく、ジャンルとして入りづらいと感じる読者もいると思います。でも本作は歴史的な用語の説明がなくても、自然にわかるように書かれている。作品の舞台となる江戸時代についてしっかりと調べつつも、作品は説明に終始しておらず、物語に溶け込んでいる。そういった意味で情報の取り扱いが上手だと思います。

 それから、随所でうるっと涙腺にくる話なのに、読者の感情を煽ろうとはせず、静かに寄り添ってくれるような書き方も特徴的です。物語としての調和を意識した情報の押し引きがとても上手な方なのだと思いました。

嵯峨:時代小説は、素養がないと読みづらい作品もありますよね。その中で『大奥の御幽筆』は、時代小説への入口になる作品だと思います。

七木:ライト文芸のおすすめを知りたいと言われて、「ライト文芸で江戸時代を意欲的に書いている作品がある」と何度か人に紹介したことがあるんです。時代物の良さがしっかりあって、かつすんなり心に入ってくる物語なので、薦めた人の反応も良かったですね。いろいろな切り口で楽しめるところが魅力だと思います。

――本作はマイクロマガジン社のライト文芸レーベル「ことのは文庫」から刊行されています。二人はレーベルについてどんなイメージを持っていますか。

嵯峨:いい意味で落ち着いた作品が多い印象があります。今のトレンドも織り込まれているのですが、キラキラしすぎていない。私にはしっくりくる作品が多いです。

七木:文体のトーンが落ち着いていますよね。通勤途中や就寝前など、日常の隙間に物語がほしいとき、読む人の生活にある余白に寄り添ってくれる作品が多い印象です。

 また、広告宣伝にとても力を入れているレーベルだと思います。プロモーションとして音楽をつくったり、インスタライブやTikTokもしていたりしますよね。物語を読者に届けようとしている姿勢が印象的です。

嵯峨:さまざまなフェアもしていますし、ときに1巻ごとのプロモーション動画もつくっている。ここまで作品一つひとつに注力しているレーベルはあまりないのではないでしょうか。

七木:本作の第5巻でも一筆箋のようなしおりが購入特典として配布されていましたよね。作家としてもうれしい施策だと思いますし、読者としても、好きな物語が大切にされていることがわかるレーベルだと思います。全面カバーも特徴ですよね。帯を外して「ここに猫がいる」と探してみるのも楽しい(笑)。

ーー「大奥の御幽筆」シリーズを一言で言い表すなら、どんな物語でしょうか。

嵯峨:私は「人と人との絆を描いた物語」だと思います。

七木:「寂しくて、あたたかい物語」ですね。寂しさは一概に悪いものではなく、人生の中には優しい寂しさや、あたたかい寂しさも含まれていると思うんです。一言では言い切れない気持ちや関係が丁寧に描かれたお話でした。

ーー本作を途中まで読んでいる読者、未読の読者に、それぞれメッセージをお願いします。

七木:読んでいる途中の方もいるかもしれませんが、ぜひ物語の核心に迫る4巻まで辿り着いてほしいです。4巻まで読むと、最初から5巻までまとめて買っておけばよかったと思うのではないでしょうか。少しずつ読む楽しさもありますが、4巻と5巻でキャラクターの事情が掘り下げられていく過程やカタルシスをぜひ感じてほしいです。

嵯峨:未読の方には、ライト文芸ではそれほど多くない江戸時代を舞台にしたシリーズとしておすすめしたいです。江戸時代の魅力に開眼できる作品だと思いますし、生者と死者のラブストーリーとして、切なさとあたたかさの両方を味わえる。全5巻で完結しているので、一気読みできるのも魅力です。ぜひこの機会に手に取ってほしいです。


■作品情報
「大奥の御幽筆」シリーズ 全5巻
著者:菊川あすか
イラスト:春野薫久
価格:781円〜792円(税込)
特設サイト:https://kotonohabunko.jp/special/ohoku/




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