連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2026年6月のベスト国内ミステリ小説

今のミステリー界は幹線道路沿いのメガ・ドンキ並みになんでもあり。そこで最先端の情報を提供するためのレビューを毎月ご用意しました。
事前打ち合わせなし、前月に出た新刊(奥付準拠)を一人一冊ずつ挙げて書評するという方式はあの「七福神の今月の一冊」(翻訳ミステリー大賞シンジケート)と一緒。原稿の掲載が到着順というのも同じです。今回は六月刊の作品から。
若林踏の一冊:北山猛邦『石球城殺人事件』(講談社)
〈城〉シリーズ21年ぶりの新作だ。永遠に夜が明けない城塞都市、という退廃的な雰囲気が漂う舞台で繰り広げられる不可能犯罪のつるべ打ちは、シリーズ最高の密度と熱量を誇っているだろう。個々のトリックの奇抜さはもちろんのこと、本作ではトリック小説であることへのこだわりが突き抜けた形で現れ、この物語世界でしか成立し得ない大きな衝撃を生み出しているところが秀逸だ。終末的な世界観と謎解きが分かち難く結びつき、謎が解かれた後に残る余韻が読者を魅了する点は、北山の代表作の一つである『オルゴーリェンヌ』に比肩する。
梅原いずみの一冊:北山猛邦『石球城殺人事件』(講談社)
今月はこれを選ばざるをえない。ついに!幻の城こと『石球城』の全貌が明らかになったのだから。「城」シリーズ21年ぶりの新刊である。とはいえ独立長編なので、短編集『神の光』で初めて北山作品を読んだ方も本書からで問題ない。壁に囲まれた都市・石球城で発生する連続密室殺人事件。犯人の目論見が達成されれば石球城という世界そのものが終焉を迎えてしまう中、趣向の異なる13の密室トリックが怒涛の勢いで解き明かされていく。高密度の謎解きはもはや美の域で、眩暈を覚えるほどだ。本格謎解きミステリの極致をぜひ堪能してほしい。
千街晶之の一冊:北山猛邦『石球城殺人事件』(講談社)
六月は他にも月間ベスト級の作品があったけれども、北山猛邦『「石球城」殺人事件』を読んでしまうと、「もう今回はこれしかないだろう」と思わざるを得ない。「城」シリーズならではの終末的な世界観とリリカルな雰囲気。「物理の北山」の異名に恥じぬ物理トリックの高速連打。それらのトリックの解明すらも序の口だと思わせる作中の世界そのものの壮大な秘密。ラスト数ページの美しいカタルシス……と、あらゆる面で高得点を叩き出しているのが驚異的である。著者の集大成にして到達点、そして今年度の本格ミステリ界で最大の話題作だ。
藤田香織の一冊:辻村深月『ファイア・ドーム』(小学館)
監視塔から見張るまでもなく誰の眼にも飛び込んできた話題作&人気作なわけだが、それでも取り上げてしまうほどよかった。いやもう辻村深月の新刊なんていいに決まってると分かって読んだのに、その予想を超えてきた! ものすごく誠実に丁寧にそれでいて巧みに人間の業を描き出している。四半世紀も前に地方都市で起きた百貨店受付嬢の誘拐殺人と小学生男子の失踪。それが「今」へどう繋がっていくのか。事件の「大きさ」、無責任な「噂」、距離感と境界線、偏ることなく全方向に行き届いた視点。読者の視野を広げ想像力を増し、これからを生きる指針にもなるマスト本。
酒井貞道の一冊:『ファイア・ドーム』辻村深月(小学館)
事件や騒動を市民が虚偽情報や曲解で無責任に肉付けし娯楽消費することの危うさは、SNSの炎上が一般化した現代社会では誰しも実感するところだろう。多くの小説が主要題材として取り入れてきたこの問題について、『ファイア・ドーム』は更に踏み込み、思い入れ、思い込み、すれ違い、勘違い、正義感、独善、欺瞞といった、人間のより普遍的な欠陥を浮き彫りにする。世相を切る視線の鋭さと、これに巻き込まれる登場人の物描写の鮮烈さ! しかも、邪悪な状況を生むのが必ずしも悪意とは限らないことも示す。辻村深月にしか書き得えない傑作。
杉江松恋の一冊:宮島明道『刑事の境界線』(宝島社文庫)
たぶん上の方には大作が並ぶと思うので、こういう月に見落とされがちな佳品を挙げておく。「このミステリーがすごい!」大賞の文庫グランプリに輝いた作者のデビュー作である。いわゆるモジュラー型捜査小説で、盗犯係の女性刑事と不正が暴かれることを恐れる男性刑事の視点が交互に置かれている。この二つを交わらせるやり方が見事で、時計の針の進め方など、とても新人とは思えないほどに手慣れていて上手い。両主人公のキャラクターも抜群で、不正を働いた刑事の方など、悪いやつなのにどこか可愛いのである。この作家は伸びると思う。
2つの作品に票が集中した月でした。いずれも畢生の大作ですので、納得の結果です。こういうこともあるでしょう。もちろんそれ以外にもたくさん話題作はありましたので、ぜひ書店に足を運んでみてください。来月またお会いしましょう。
※橋本輝幸さんは今月おやすみです。
■書誌情報
『道玄坂上ミステリ監視塔』
著者:梅原いずみ、酒井貞道、千街晶之、藤田香織、若林踏、杉江松恋
価格:2,700円+税
発売日:2026年4月5日
出版社:blueprint




























