浅野いにおらが驚嘆した新人漫画家・万屋タタラとは何者か? SNSで議論渦巻いた『嗜癖者のマリヤ』インタビュー

「第98回小学館新人コミック大賞」青年部門で入選を果たした、『嗜癖者(しへきしゃ)のマリヤ』(著:万屋タタラ)。審査員を務めた漫画家からは「神話の様に美しい作品」(太田垣康男)、「非常に完成された作品」(浅野いにお)と評された一方で、「私には主人公の気持ちはまったく理解できなかった。知らない世界を見せてもらった感じだ」(業田良家)との声も寄せられるなど、その独特の筆致と不穏な空気感は、選考の時点からさまざまな反応を呼んだ。ネット上で作品が公開されると、一般読者からも賛辞と戸惑いの声が相次いだ本作。果たしてどんな作家が手掛けたのか。漫画界に現れた23歳の異才・万屋タタラ氏に話を聞いた。(皆川潤喜)
――「第98回小学館新人コミック大賞」の入選、おめでとうございます。受賞を振り返ってみていかがですか。
万屋タタラ(以下、万屋):ありがとうございます。本当に怒涛のスケジュールで描き上げたので、授賞式の日に初めて紙に刷られた作品を読んだんです。内容的にヘビーになってしまったかなと思っていたのですが、改めて読み返してみるとしょうもないシーンが結構あって「くだらねえな」と笑いました(笑)。当時は必死すぎて何をどう描いたのか抜けていたので、自分でも新鮮な気持ちで楽しめました。
――締め切りギリギリ、それもファミレスのフリーWi-Fiを使って応募されたとか。
提供元: 小学館 新人コミック大賞 https://t.co/wwqMRbnlTv
嗜癖者のマリヤという作品を描いて賞を頂きました。恐悦至極に存じ奉ります。
佳境で電気代の払い忘れという個人的過ちを犯し最後の10ページは24時間営業のサイゼリヤで執筆しフリーWi-Fiでぶち飛ばしこうして皆様のお手元にございます— ヨロズヤ (@WHOlyOV0Je9537) June 23, 2026
万屋タタラのX(@WHOlyOV0Je9537)より
万屋:本当にギリギリでしたね。3月15日が応募締め切りだったのですが、3月11日の時点で、最初の7ページしか描けていなかったんです。残りはすべて白紙でネームすらできておらず、総ページ数すら分からない状態でした(最終的に作品は全35ページ)。11日は友人の誕生日で、その子に会った時に「オチがつかない、終わったンゴね」と言っていたのをよく覚えています。
そこからは1コマずつその場で考えながら清書していくという変な描き方をしました。どう着地するかも分からないまま描き続け、「そうだ、マリヤを運河に落とそう!」とクライマックスのシーンを思いついた瞬間に自宅の電気が止まって、泣きながらiPadを抱えて近くのサイゼリヤまで全力疾走しました。我ながら見てられませんでしたね。編集さん達に笑ってもらって供養されましたがこれもいつか描きたいです。
――受賞後、作品はXを中心に話題となりました。
万屋:予想以上に多くの方に読んでいただき、温かい言葉まで頂き、誠に欣快(きんかい)の至りでございます。西洋絵画には「アトリビュート」という、聖母マリア様やイエス様など特定の人物を表すモチーフ(例:マリア様なら百合の花、イエス様は十字架、等)があるのですが、それを作中に少し散りばめていたんです。それに気づいて、「これはあのモチーフですね」と読み解いてくださった方がいて嬉しかったです。
――本作『嗜癖者のマリヤ』着想のきっかけを教えてください。
万屋:「嗜癖」という言葉やその存在を、もっと多くの方に届けられたらと思ったのがきっかけです。私自身も嗜癖者のうちの1人なのですが、極限の状況だからこそ生まれる出会いや連帯、哀れみ、地獄、それから奇跡のような瞬間まで描けたらなと。
これまで出会ってきた友人含め、嗜癖者たちの常人離れした執念やある種の絆、タフネスさを目撃してきました。傍から見れば決して最善の選択では無い方法で、知恵を絞りユーモアを手放さずサバイブしていた。そんな時に破滅的で、時にひたむきで逞しい彼彼女らの「生きた煌めき」を作品として残したかったんです。
――作品の中で、特にこだわった点や気に入っているシーンはどこですか?
万屋:イボイボのコンドームのコマですね。あそこが一番最初に描きたかったシーンなんです。セックスがレジャー化したことによって生まれる「底抜けの明るさと底抜けの哀しさ」。それがマリヤのような究極の状況下で炸裂する瞬間を描きたかったんです。あのコマにはその悲喜劇を詰め込めた気がするので、個人的にはやったったぞという感じです。

――審査員の1人でもある浅野いにおさんは、「漫画に必要な要素として同時代性と普遍性が大事だ」といったことを過去に発信していますが、この2点についてどのような意識を持っていますか。
万屋:人にはそれぞれ固有の嗜癖があると思いますし、「神を見たい」「完全無欠になりたい」という欲求はどの時代にも共通する、普遍性があるものだろうなと思っていました。
ただ、自分では同時代性(今の時代感)はあまり出せていないと思っていたんです。ですが、結果として幸いなことに多くの方に読んでいただけたことを踏まえて考えると、強いて言うならですが、嗜癖者を「病人」や「逸脱者」といったカテゴリではなく淡々とその生態について描いた点かもしれません。強いラベリングに回収されやすい分野なので。
――万屋さんが影響を受けた作家はいますか?
万屋:一番好きな漫画家は、楳図かずお先生です。本当に大好きですね。諸星大二郎先生も大好きです。
――漫画に限らずだとどうでしょうか。
万屋:喜多川歌麿や葛飾北斎といった浮世絵全般が大好きです。「テキストとイメージ(絵)が常に一体となって存在する」というメディアに惹かれるんです。
西洋の画家で言うなら心理学者・フロイトの孫のルシアン・フロイドですね。彼のポートレート作品が本当に好きなんです。顔の筋肉の動きとか、表情のディテールを徹底的に突き詰めて描くスタイルに痺れます。私も漫画の中で、一瞬の感情表現、まつ毛や眉毛の1本にいたるまでのディテールで、人の心の機微を表現したいです。
――現在は絵画教室の講師をされているそうですが、過去にはバーテンダーもされていたそうですね。年齢性別問わずさまざまな人々に出会った経験が創作の刺激になっているのでしょうか。
万屋:間違いなく、その通りですね。本当にさまざまな人がいて、それぞれの人生には濃密な悲喜こもごもがあります。その一つひとつが私の想像や直感を軽々と超えてくる。
私にとって他者はあんまりにも奇想天外、摩訶不思議、重要で神秘なので、描き残さざるを得ません。それに、人にお話を届けて「笑ってもらえること」が、私にとって一番の快感なんです。あの奇天烈で不可解な素晴らしい人間模様をこの世に残したいという一種の召命の様に感じています。
――笑ってもらいたいという意識は、シリアスな要素も強い『嗜癖者のマリヤ』でも持たれていたのですか?
万屋:もちろんありました。今回は賞を意識したこともあって少し肩肘を張ってしまい、結果的にシリアスな面が強く出ましたが、毎日ふざけたことばかり考えています。人と相まみえるからには笑った顔が見たいですしその為に体を張りたいですね。
――今後の目標を教えてください。
万屋:天地万物描きたいです。今、『嗜癖者のマリヤ』に登場したヤクザのヤシマさんのスピンオフ作品を描き始めているので、まずはそれを最高の形で描き上げたいです。
本作を必死に描いている時は、「神様、これが描き終わるまではどうか私を生かしてください!」と柄にもなく祈るような気持ちでしたが、終わった今それが次の作品に秒で自動更新されましたね。
灰になるまで描き続けたいです。人間の「顔」を描くのが何より好きなので、そこから滲み出る人間の霊性に迫りたいと思います。
――最後に、読者の方へメッセージをお願いします。
万屋:作品をお読みいただき、誠にありがとうございます。皆様のおかげで、こうして漫画を描き続けることができております。これからも変な漫画をお届け出来るよう私は七転八倒、東奔西走いたしますので、一緒に笑い、一緒にこの時代をサバイブしていけたら嬉しいです。今後とも末永いご贔屓のほど、よろしくお願い申し上げます。
■作品情報
『嗜癖者のマリヤ』
著者:万屋タタラ
「第98回小学館新人コミック大賞」青年部門入選
作品を読む:https://shincomi.shogakukan.co.jp/viewer/98/04/301.html
受賞者一覧:https://shincomi.shogakukan.co.jp/winner/






















