東大教授が指摘する、ネット時代にこそ知るべき“法律の構造”「議論をする前にルールを確認するのが出発点」

即重版の新書!東大教授に聞く法律の読み方

 筑摩書房より6月に発売された白石忠志の『法律の読み方がわかる本』(ちくま新書)が即重版となり、話題となっている。「実務や試験、法学の入門のための基本が詰まった一冊」といううたい文句にあるように、法律の入門書である。しかし入口に法律素人にとって難解な「条文の読み方」を置いたことで、これまでなんとなく法律を避けてきた人にも、読みやすいものになっている。今回は東京大学教授として長年、法律を研究してきた著者の白石に、思い切り間口を広げた入門書を手掛けた理由などを聞いた。

入門の入門、鍵を握るのは「条文の素のままの理解」

白石忠志氏

ーー本書を書こうと思ったきっかけを教えてください。

白石忠志(以下、白石):ちくま新書は読者の範囲が広く、これまで私が書いてきた法律の本より幅広く届けられるので、まずは法律に入っていただく、親しんでいただくためのなにかを書きたいという考えがありました。

ーー法律というものが、まだ世の中にちゃんと知られていない、という思いがあったのでしょうか?

白石:知られていないということもありますし、少し難しく見えてしまっているというところもあると思います。科学の分野では科学コミュニケーションという、世の中に対する働きかけがありますが、それに相当する法学コミュニケーションはまだ十分ではないという意識はありました。もちろん、努力されている方はたくさんいらっしゃるのですが、それでもどこかに空白地帯があるのではないかという意識があって、そこを埋められればと考えたのが、本書を書いた主な動機です。

ーー法律の入門書がいろいろある中、本書は法律の読み方をまず説いています。かなり間口を広げた入門書ということなのでしょうか?

白石:入門の入門といっていいと思います。

ーーこういうスタイルの入門書は過去にありましたか?

白石:この方向で作られた本はたくさんあったと思いますが、やはり空白ができていたと思います。本書の一番大きな特徴は、条文の読み方やつかみ方に重点を置いていて、内容の半分以上を占めているということです。この点は、これまでの入門書になかった特徴だと思います。世の中の法令の条文は、それほど複雑でないものでも読み方が伝わっていないという気持ちがあって、それはなぜなのかということをずっと考えてきたんです。

 その理由のひとつが、大学の法学部の教育が、すでにある条文を解釈し、特定の事件に対して適用していくことに力を入れていることにあります。法律を作る、あるいは改正するということに注力していないんです。結果、条文がどう書いてあるのか、それを素のまま理解するということがおろそかになって、法律を学んだ人たちが世の中に読み方を十分に伝えられない。世のみなさんがわかっていないというより、伝える側の事情が大きかったのだと思います。

「法律は難しくない」信頼できる情報から親しむ第一歩

白石忠志『法律の読み方がわかる本』(ちくま新書)

ーー同時に法律自体にどこかとっつきにくいイメージがあって、なかなか手を出しづらいというのも、あるかもしれません。

白石:そのようなとっつきにくさには、いろいろな原因があります。たとえば、専門家が必要以上に難しい言葉で議論してしまっているのは、否定できないと思います。もう少し、一般の人にもわかりやすく簡単に伝えることもできるのですが、仲間内にはわかると思って難しい言葉を使ってしまう。そのほうが時間や頭のリソースの節約にもなりますが、それで外側の人たちに対し、必要以上に壁を作ってしまっているところがあると思います。

 また、極端な例では、法律の分野によっては用語も明治から百何十年の伝統があって、当時の言葉を使っていることがあるわけです。現代ではどうしても伝わりにくいものになってしまうのですが、それを使ってしまうというところもあると思います。

ーー条文の言葉自体が伝わりにくい場合もあるということですね。ただ、わかりにくいからと、安易に条文を変えるわけにもいきません。

白石:そこはもう、仕方がない面があります。条文を少し変えるだけでも、変えたことで悪い影響をどこかにもたらさないか、慎重に検討する必要があります。いま、日本にある条文をすべてわかりやすくするには、ほぼ不可能な量の事務作業が発生するので、それはできないということです。

 本書でも紹介していますが、条文の送り仮名や使える漢字のルールは、少しずつ変わっています。それでは、新しいルールですべての法律を書き換えるかというと、それはせず、同じ法律の中で古い送り仮名と新しい送り仮名が混在したりしています。すべてを一度に書き換えることで何かの間違いが起こらないように、慎重を期しているのですね。そのくらい慎重に検討していますから、法律全体をわかりやすく作り直すというのは、気の遠くなるような作業になるでしょう。

ーーそれでは私たちのほうで、法律に親しんでいくには、まず、なにをすればいいでしょうか?

白石:法律というのは難しくない、基本的にわかるものなんだという意識を持って、接していただくことだと思います。法律の専門家の側にも、わかりやすい形で解説を発信している方もいらっしゃるので、自身で信頼できる情報を選び取りながら、法律に触れていってもらえればと思います。

自分で法律の条文を調べるメリット

ーー本書はもともと、法律を学ぼうとしている人たちへ向けた入門書として書かれています。それ以外に、一般の人たちが本書を読んで得られることはなんでしょう?

白石:一般の方も、自身が関心を持つ法分野があったり、あるいは仕事や生活などで法律を知る必要が出てくる場合があるはずです。そのときに自分で調べるだけで、ある程度理解できたり、専門家からアドバイスをされたときも、より深く理解することの手助けになると思います。自分で法律を調べるための経験を、少しでも積んでいただくことが、本書の目指したところです。

 本書ではニュースなどでよく取り上げられるチケット不正転売防止法や、クマ問題に関わる緊急銃猟制度を例にとりました。これらの法や制度に直接、自身が関係していなくても、どういう文章になっているのか条文を実際に読んでみる。そういう経験を積むことは、自身に関わる法律を探して読むことにつながると思いますので、そのきっかけになればと思います。

ーー社会で生きている以上、法律に関わらざるをえません。そうであるなら、条文を読めるようにトレーニングしたほうがいいですね。

白石:複雑なものがあるのは確かですが、「その気になれば読めるし、わかる条文」もたくさんあります。法律が読めるようになれば、社会のさまざまなものがスムーズに動くようになると思います。

ーー以前に比べ、法律を知る必要性というのは、増しているのでしょうか?

白石:増していると思います。極端なことをいうと、いろいろな社会活動の参加者が少なければ、あうんの呼吸だけで社会は動きます。ただ、今はいろいろな人がそれぞれ情報源を持ち、自由かつ活発に社会活動に参加することが奨励される、良い状況に変わってきています。以前より、多くの人が参加しますから、あうんの呼吸では難しくなり、ある程度のルールが作られていきます。多くの人が自分で読んで理解し、そのルールに合わせる。その必要性が増していると思います。

 昔からのルールには、合理性があるものもあれば、そうでなくなったものもあります。合理性がなければ変えていく必要がありますし、合理性があっても言語化されていなければ、的確適切に言語化することが求められます。そういうものを多くの人が共有していけば、そのコミュニティもスムーズにまわっていくと思います。

ーー近年、新たにルールを加えることは増えているのですか?

白石:エビデンスはすぐに出せませんが、肌感覚として国の定める法律は増えていると感じます。国民生活の基本的な部分に関わる法律でも、たとえば明治時代からある民法も、改正で新たな条文が増えています。それらがきちんと伝えられて、理解される必要は、以前に比べて増えていると思います。気になったものを自分で調べられれば、自分自身にとってもいいですし、多くの人がそうすれば社会がさらに良くなっていくと考えています。

生成AIの議論にも通じる、法律の「構造」を理解する重要性

ーー最近では、生成AIの利用をめぐってSNSでも論争になることが多く、著作権法の重要性が増しているように感じます。

白石:著作権法の条文はとても長いのですが、基本的な構造があります。生成AIに関する議論にはさまざまな論点があり、ひと言で説明するのは難しいですが、著作権の考え方を支える基本的な仕組みをまず理解して、その中で生成AIの問題はどこに位置付けることができるのか、ということを一人でも多くの人が知ってほしいです。そうすれば自分が理解できるだけでなく、議論をしている人たちも適切な方向に議論を発展させることができるようになるでしょう。まずは法律の「構造」を理解することから始めてみてほしいと思います。

ーー法律を知っていくために、ふだんの生活で意識しておいたほうがいいことはありますか?

白石:2022年にカタールで開催されたサッカーワールドカップでは、スペインとの試合で「三笘の1ミリ」が話題になりました。三笘選手が蹴る前にボールがゴールラインの外に出ていたかどうかが議論になりましたが、この判断基準については世界共通の競技規則がちゃんとあって、日本サッカー協会のサイトにも掲載されています。ふだんの生活でも気になったことがあれば、議論をする前にルールを確認するのが出発点で、一番、確実です。基本になっているのはなんなのかを知る。あるいはそういうことをふだんから意識していくことが大事だと思います。

ーーいろいろな物事が起きたとき、それがどうしてそうなったのか、自分で疑問を持って探していくということですね。

白石:はい。そういう意識を持って、自分が関心を持つ分野では、どこに信頼性のある資料があるのかを学び、その知識を自分の中に蓄えていく。今はインターネット上に信頼できる基本情報がありますので。そうすることで、自分や世の中が良い方向に進んでいくと思っています。

ーーあらためてですが、私たちにとって法律とは、どういうものなのでしょうか?

白石:ひと言で言うのは難しいのですが、ひとつの大事な側面としては、多くの人が生きているこの社会を、円滑に運営するための人類の知恵だと思っています。ですので、それがスムーズに動いて、みなさんがより楽しく暮らせる良い社会にしていくために、私たちはより努力をするべきだと考えています。

ーー最後に、この本を手に取った方へ、メッセージをお願いします。

白石:法律やルールというものは、知ることでとても楽しいものになります。そうだったのか、という気づきの意味でも楽しいですし、内容を理解すれば、これができるのだという行動の範囲が広がるという意味でも楽しいと思います。法律やルールには難しいところもありますが、知ることが楽しさにつながるので、この本がそのきっかけになれればと思っています。

■書誌情報
『法律の読み方がわかる本』
著者:白石忠志
価格:1,155円
発売日:2026年6月10日
出版社:筑摩書房
レーベル:ちくま新書

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