『スピリッツ』編集長が語る、“アンケート至上主義”ではない理由 「編集者がおもしろいと思ったものが人々の心を打てる」

『スピリッツ』編集長インタビュー

2021年の漫画界が注目している作品のひとつ、『チ。』

――現在連載中の話題作2作について、お訊きしたいと思います。まずは浅野いにお先生の『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』から。同作は今年、第66回小学館漫画賞の一般向け部門を受賞したことで、ますます注目が集まっています。巨大なUFOが上空に浮かんだ東京で暮らす、ふたりの少女の日常生活を描いたSF作品ですが、その不安感が漂う世界観は、もともとは3.11とその後の原発事故を暗喩させていたはずですよね。でも、コロナ禍の現在は、別の読み方もできるという。

石田:そうした浅野先生の「時代の空気」を見事に取り入れているところも評価されたのではないかと思います。

 その一方で、おそらく浅野先生としては、3.11や新型コロナウイルスよりも、「未曾有の事態を前にしても、人々の日常生活は続く」ということを描きたかったはずですから、同時代性うんぬんは抜きにして、いつの時代でも読める普遍的な作品だともいえますね。物語はいま佳境に入っていますので、この先どういうエンディングを迎えるのか、あるいはまだ予想もできない先があるのか、一(いち)読者としても注目しています。

――そしてもう1作、魚豊先生の『チ。―地球の運動について―』も漫画ファンのあいだでかなり話題になっています。少し前に発表された「マンガ大賞2021」でも堂々の2位に選ばれていますし、おそらく年末に発表される各種ランキングでも上位にランクインすることでしょう。リアルサウンドブックでも、以前、魚豊先生にインタビューさせていただきました(『チ。』作者・魚豊が語る、“主観的な熱中”の尊さと危うさ 「気持ちに逆らえない人たちの姿を描きたい」)。

 同作は、異端思想が弾圧されていた中世ヨーロッパを舞台に、「地動説」に魅入られた人々の命がけの研究を描いた骨太(ほねぶと)なストーリーですが、ここまで高く評価されているのはなぜだと思いますか?

石田:魚豊先生については、実は前作の『ひゃくえむ。』の頃から注目していました。タイトル通り100m走のランナーたちの物語ですが、なんておもしろい漫画なんだろうと。『ひゃくえむ。』も『チ。』も、描かれているのは特殊な世界に生きる、どちらかといえばマイノリティの人々の話ではありますが、エンターテインメントの基礎がしっかりしているから、読んでいて主人公たちに共感できるんですよね。そして、「共感」だけでなく、「次が読めない」という二転三転する展開がまたすごい。

 『チ。』をすでに読まれた方は、1巻の最後に主人公が選ぶ決断を見て、度肝を抜かれたことでしょう。多数派の意見に流されずに、自分の信念に従い、命を賭すことのできる主人公。その姿に、不安に満ちたいまを生きる人々が共感してくれたんじゃないでしょうか。知と暴力という、現代では一見交わらないもの同士が、密接につながっていた時代があった。そんな時代の人間の生き様をあえて描こうとする作家の野心も素晴らしいと思います。いずれにしても、こういう良質な作品が広く読まれているということは、心強い限りです。

――漫画の世界はいま、さまざまな面で変わり目の時代にきていますよね。具体的にいえば、創作(表現)の面でも媒体(流通)の面でもデジタルの台頭が著しい時代になっています。

石田:たしかに時代の変わり目はきていると思います。この先、デジタル技術の進化にともない、漫画の見せ方や作品が消費されるスピードは大きく変わっていくだろうとも思います。ただそれでも、時代を捉え、価値観が揺さぶられるようなテーマやキャラクター、そして人間ドラマ、そういう「おもしろい漫画の条件」自体は変わらないはずだと考えています。

――それでは最後に、石田編集長がこれから先の『スピリッツ』をどういう雑誌にしたいと考えているか、お話しいただけますか。

石田:まずは何よりも、『スピリッツ』という雑誌を、読者にとっても作家にとっても魅力的な「場」にしたいと考えています。そのためにも、私がいま編集部員たちによくいっているのが、「大ヒットを狙ってください」ということなんです。ちなみに「大ヒットを狙う」ということと、「アンケート至上主義ではない」ということは矛盾しません。そもそも「最初の読者」である編集者がおもしろいと思ったものでないと、多くの人々の心を打てるはずはありませんからね。

 斜に構えて、「わかるやつだけがわかればいい」とかいってても仕方ないじゃないですか。多くの読者に自分が描いた物語やキャラクターの生き方を伝えたいと思っていない漫画家などいないわけですし、だとしたら、そのために最大の努力をするのが我々編集者なんだと思います。いずれにしても、『スピリッツ』という「場」を通して、多くの読者の価値観をゆさぶって、社会を変える力さえ持つような漫画を次々と生み出していけたらと考えています。

■書籍情報
『週刊ビッグコミックスピリッツ』
公式サイト
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公式Twitter
@spiritsofficial

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