山下和美『ランド』が手塚治虫文化賞を受賞した理由は? 哲学的な問いと圧倒的な絵力を考察

山下和美『ランド』が手塚治虫文化賞を受賞した理由は? 哲学的な問いと圧倒的な絵力を考察

 山下和美の『ランド』(講談社)が、第25回手塚治虫文化賞(朝日新聞社主催)「マンガ大賞」を受賞した。

 『ランド』の舞台となる村では、四方の山に巨大な神が佇(たたず)み、人間たちは常に見張られている。その村は「この世」、山の向こうは「あの世」と呼ばれ、村人は50歳を迎えると亡くなり、「あの世」へと旅立つことになっている。主人公である少女・杏が、禁忌(きんき)とされる「あの世」や、四方を囲む“神”の隠された真実を探るSFファンタジー作品だ。

 作者の山下和美とはどんな漫画家なのか、また、『ランド』が受賞した理由とは何か、漫画編集者でありライターの島田一志氏に訊いた。

「山下和美先生のデビューは1980年、もともとは少女漫画誌を中心に活躍されていた作家さんです。80年代末に執筆の主な舞台を青年誌に移し、『天才柳沢教授の生活』でブレイクしました。山下先生が描いてきたテーマは一貫して、“この世界とは何か”、あるいは、“人間とは何か”ということ。先生自身、おそらく “世界を知りたい”と常日頃(つねひごろ)から思っているのではないでしょうか。例えば、出世作の『天才柳沢教授の生活』でも、何もかも知っているはずの知識人である主人公が、日常生活の中でのちょっとした経験をきっかけにして、“新しい世界”を知っていく。その後に描かれた『不思議な少年』でも、“人間とは何か”という問いが繰り返し描かれています。今回受賞した『ランド』は、そんな山下先生の世界観の集大成と言っていい作品だと思います」

山下和美『天才柳沢教授の生活』1巻(講談社)
山下和美『天才柳沢教授の生活』1巻(講談社)
山下和美『不思議な少年』1巻(講談社)
山下和美『不思議な少年』1巻(講談社)

 物語冒頭、山下はこんな問いかけをする。

「果たして
この世が本当に
存(あ)るのか
ということさえも
証明されてはいない

私がいて あなたがいる
それしか実感として
感じられない

まあその実感すらも
本物かどうかは分からないのだが」

 これに対し、島田氏は次のように語る。

「これって、名だたる哲学者たちが人生を賭けて挑んできた大問題ですよね。ここまで大きな風呂敷を広げて大丈夫かと他人事(ひとごと)ながら心配しましたが(笑)、出来上がった作品を見れば、ご覧の通りの大傑作。山下先生はこの漫画の中でひとつの“世界”を作り上げました。白い紙にコマを連ねて“世界”を作るのが漫画という表現の醍醐味(だいごみ)のひとつですが、改めて漫画家ってすごい仕事をしてるんだなあと感じさせられました」

 また、「物語だけでなく、絵もすごいので注目してほしい」と続ける。

「いわゆる美大に受かるような “上手い絵”というのではなく、有無(うむ)を言わさず目が離せない“漫画ならではのすごい絵”ってあるじゃないですか。例えば、五十嵐大介先生、岩明均先生、松本大洋先生、諸星大二郎先生……最近だと『進撃の巨人』の諫山創先生や、『チェンソーマン』の藤本タツキ先生などがそういう絵を描かれる漫画家だと思います。言葉で説明する以前に、絵の力だけでねじ伏せてしまうというか。山下先生の絵にも、そういうすごさや怖さが秘められていますよね。特に、『ランド』の冒頭で出てくる巨大な神の絵などは、なんだかわからないけどこいつはヤバい(笑)、というのが大ゴマ1つだけで伝わってくるでしょう? また、山下先生の絵は80年代の少女漫画の柔らかいタッチがベースにあるのだと思いますが、大友克洋先生以降の青年漫画のリアリズムも、わずかではありますが、混在している。その絶妙なバランスが私などには心地いいんですよ」

 内容についても、「格差社会、高齢化社会、環境汚染、科学の進化、個人と集団といった現代的なテーマがいくつも込められています」とし、「ディストピアっぽい物語ではあるけれど、最終的には前向きな明るい内容になっている。コロナ禍で閉塞している時代にあって『それでも人は生きていく』ということが力強く描かれていて、『いま読んでほしい』という気持ちが審査員の総意としてあったのではないかと思います」と受賞理由を考察。

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