1960年代、黒人少年が更生施設で受けた暴力とは? 全米で話題『ニッケル・ボーイズ』が突きつけるアメリカの現実

作家が浮き彫りにするアメリカの現実

 本作では1950年代〜60年代の公民権運動、そしてフロリダ州という米国南部の地域性なども散りばめられ、事前にこれらを知ることで物語をより深く読み解くことができる。

 一部を紹介すると、エルウッドが働いていたマルコーニのタバコ店で雑誌『ライフ』の写真エッセイからバトンルージュでのバスボイコットや、グリーンズボロのカウンター座り込みといった公民権運動の最前線を知ることになる。


 “バトンルージュのボイコット”とは1953年にルイジアナ州で自発的に起こった黒人たちの運動で(当時のバスは座席前方が白人専用、後方が黒人専用と分離されていて白人席が満席の場合、黒人は白人に席を譲らなければならなかった)、1955年にはアラバマ州モンゴメリーでバスに乗っていた黒人女性のローザ・パークスが白人に席を譲らなかったことから逮捕され、今日の公民権運動の始まりとされるモンゴメリーバスボイコットが起こった。381日間続いたボイコットでバス会社は倒産寸前に追い込まれ、1956年に最高裁判所は公共交通機関における人種分離は違憲との判決を下してボイコットは大成功に終わる。このバスボイコットのリーダーとして全国的に名が知られるようになったのが当時26歳のマーティン=ルーサー・キング牧師であった。

 “グリーンズボロの座り込み”は、1960年2月にノースカロライナ州グリーンズボロの学生が雑貨チェーン店ウールワースの白人用カウンターに座り続けた運動で「シットイン」と呼ばれ南部全土に広がった。カウンターに座る学生たちに周囲の白人たちが罵声を浴びせ、彼らに飲み物や食べ物をかける写真は当時の人種差別の醜悪さが伝わってくる。

 物語には直接関わりがないものの、主人公エルウッドがいた当時のフロリダの現実、アメリカの現実、そして物語最後の“彼”の姿の尊さの意味がこれらからより強く感じることができる。

 本作で描かれた制度化された差別と暴力のシステムは、個人が“良心”を容易に棚上げできしてしまうグロテスクな様を浮き彫りにしている。それはニッケル校だけでなく実際には同様の施設がほかに多くあったことが容易に推察でき、またこの時代のアメリカの一部がこれらの醜悪な制度の下に存在していたという事実なのである。

 静かに、彼がただそこにいる姿を後に物語は終わる。しかしそのまま本を閉じることができず、再びこの物語の始まりからページをめくり始めた。彼の姿がいかに尊いことなのか、それを実感するために。

 本作のモデルとなったドジアー校では、虐待を受けた当時の生徒たちが出所後も長い年月にわたり苦しむ中、学校関係者やフロリダ州、そして当時の加害者はいまだ責任を問われてはいない。

■すずきたけし
ライター。ウェブマガジン『あさひてらす』で小説《16の書店主たちのはなし》。『偉人たちの温泉通信簿』挿画、『旅する本の雑誌』(本の雑誌社)『夢の本屋ガイド』(朝日出版)に寄稿。 元書店員。

■書籍情報
『ニッケル・ボーイズ』
著者:コルソン・ホワイトヘッド
翻訳:藤井光
出版社:早川書房
価格:本体2,200円
出版社販売ページ
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※コルソン・ホワイトヘッド『地下鉄道』(早川書房)は、『ムーンライト』でアカデミー賞監督賞を受賞したバーリー・ジェンキンス監督でドラマ化予定。(日本配信日未定)

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