『からかい上手の高木さん』が描き続ける、甘酸っぱい日常の尊さ 長期連載となった理由を考察
とはいえ、これだけ話が積み重なると、高木さんと西片の関係も、微妙に変化していく。一例を挙げよう。第7巻収録の「入学式」では、時間を巻き戻し、高木さんと西片の出会いが描かれている。登校初日から遅刻をし、中学生活のスタートを失敗したと頭を抱える西片。そんな彼の隣の席になった高木さんは、遅刻の理由が落し物を届けたからだと当てる。驚く西片だが、理由は簡単。西片の届けたハンカチは、高木さんのものだったのだ。このエピソードは、高木さんが西方に好意を抱き、さらにからかいを始める切っかけとして機能している。
そして作者は第13巻収録の「値段当てゲーム」で、再びハンカチを効果的に使用する。値段当てゲームをしようという西片に高木さんは、あのハンカチを持ち出して、値段を当てさせようとするのだ。ここで高木さんが、ハンカチを通じて、西片との出会いの思い出を、どれだけ大切に思っているのか分かる。ついでにいえば、ハンカチを持つ高木さんのポーズは、「入学式」と「値段当てゲーム」で、ほとんど一緒。しかし顔の表情は違っている。その違いの中に、高木さんの西片に対する感情の変化も表現されているのだ。こうした細部のこだわりを発見するのも、本作を読む楽しみなのである。
ところで本作は、スピンオフ作品が多い。高木さんたちのクラスメートの三人娘の日常を、作者自身が描いた『あしたは土曜日』。やはり三人娘を題材に、寿々ゆうまが作画を担当した『恋に恋するユカリちゃん』。そして稲葉光史が作画を担当し、夫婦になった高木さんと西片を描く『からかい上手の(元)高木さん』。物語世界の拡大には、元の作品のファンを獲得しようという、商業的な意図を強く感じる。でも、それが分かっていても乗せられる。もっとやれと思ってしまう。なぜなら、自分の好きな世界に、いつまでも浸っていたいからだ。
■細谷正充
1963年、埼玉県生まれ。文芸評論家。歴史時代小説、ミステリーなどのエンターテインメント作品を中心に、書評、解説を数多く執筆している。アンソロジーの編者としての著書も多い。主な編著書に『歴史・時代小説の快楽 読まなきゃ死ねない全100作ガイド』『井伊の赤備え 徳川四天王筆頭史譚』『名刀伝』『名刀伝(二)』『名城伝』などがある。
■書籍情報
『からかい上手の高木さん』既刊13巻発売
(ゲッサン少年サンデーコミックス)
著者:山本崇一朗
出版社:株式会社 小学館
https://gekkansunday.net/series/karakai