韓国文学の異端児 パク・ミンギュの面白さとは? 翻訳家・斎藤真理子×岸本佐知子 対談

韓国文学の異端児 パク・ミンギュの魅力

ジョージ・ソーンダーズとパク・ミンギュの共通性

斎藤:岸本さんの訳されたジョージ・ソーンダーズの短編集『十二月の十日』にも、パクさんの作品と共通するものを感じました。

岸本:私も感じました。食い詰めた人たちを書かせるとソーンダーズは本当にうまいんですけれども、パクさんの『SIDE B』最後4作も“食い詰め4部作”と呼びたいような感じです。二人に共通してるのは、そういう食い詰めた人たちに寄り添っていることではないでしょうか。そういう人たちに不幸になってほしくないという、祈りみたいなものを感じます。「星」(『SIDE B』収載)のセリフで「誰かのそばに神がいないなら……人間でもいいから、いてやらなくてはならない」、すごく染みました。シュチュエーションも本当にすごくて、パク・ミンギュさんの本質的な優しさというか、人間に対するあたたかな眼差しを感じられました。

斎藤:あそこは直球ですよね。パクさんって、マイノリティーに優しい作家とか、マイノリティーのことを描きますよね? とか言われると、「そもそも人間がマイノリティーなのではないでしょうか」って答えるんです。

岸本:それはすごい言葉ですね。

斎藤:ソーンダーズの「子犬」(『十二月の十日』収載)を読んで、親の気持ちを分かってる書き手だなと思いました。子供というものの厄介さと、それを見届ける責任感を持ちきれない感じとかすごいよく出ていて、本当に観察眼がするどい人だなと。ソーンダーズにも“抜け感”があって、“抜け感”に作家の個性が出る気がします。

岸本:抜けはパクさんの方が綺麗な気がします。ソーンダーズはバカっぽさを出すためには芸術性を平気で犠牲にするようなところがあるので。

斎藤:それはその作家の生きる社会全体の洗練と関係があると思いますよ。パクさんの育った社会の方が、ソーンダーズの育った社会に比べて大変な時代だったと思うので。善悪がもう少しくっきり、エッジが立っているんじゃないのかな。

岸本:韓国の読者に翻訳小説というのはどのくらい読まれてるんですか?

斎藤:日本とほとんど同じように読まれている感じです。ソーンダーズは韓国でも4~5冊出てます。それと、日本ではあまり出ていないのに韓国ではたくさん出ている作家にジェームズ・ソルターっていう作家がいます。

岸本:韓国ではジェームズ・ソルターがたくさん出てるんですよね?

斉藤:はい。最近刊行されたイ・ギホという作家の『誰にでも親切な教会のお兄さんカン・ミノ』っていう短編集の最初に出ている短編に、ジェームズ・ソルターを読んでいる人が登場するんですが、作家に聞いたら「それはちょっと文学にうるさいっていう記号」なんですって。それで気になってソルターの小説を探したら、日本では岸本さんがアンソロジーに入れた2作しか読めなくて、単著は出てないんですよね。

岸本:ないんです。

斎藤:岸本さんが編まれた『楽しい夜』という短編集に、表題作ともう一作入ってるんですけど、その表題作がね、苦いんだ。

岸本:全然“楽しく”ない。チョコレートで言えばカカオ99%の激ニガ。

斎藤:苦いけど雑味がないからスッキリしていて、これが韓国で人気だって言うのはなんとなくわかる気がしました。

岸本:なるほど。韓国ではパクさんより下の世代の作家もどんどん出てきてるんですよね?

斎藤:いい感じにマッチョを捨てた人たちが出てきています。パクさんも、もう50代前半くらいだから結構なおじさんで、マッチョな時代に大人になってその中をサバイブしてきた人なんですけど、マッチョじゃないんです。

岸本:韓国ではマッチョから距離を取るのは結構勇気のいることですか?

斎藤:勇気がいったのはもうちょっと前の時代かもしれないですね。今は、大きな勇気よりも日々の精進がいるっていう感じだと思うんです。家庭でも、書いていく面でも、コツコツやってらっしゃるっていう好ましさを私は感じています。

■書籍情報

『短篇集ダブル サイドA』/『短篇集ダブル サイドB』
著者:パク・ミンギュ
翻訳:斎藤真理子
出版:筑摩書房
<発売中>
価格:各1,700円+税
『サイドA』サイト
『サイドB』サイト

『カステラ』
著者:パク・ミンギュ
翻訳:ヒョン・ジェフン/斎藤真理子
出版:図書出版クレイン
<発売中>
価格:1,700円+税
http://www.cranebook.net/archives/post-38.html

『十二月の十日』
著者:ジョージ・ソーンダーズ
翻訳:岸本佐知子
出版:河出書房新社
<発売中>
価格:2,400円+税
http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309207865/


『完全版 韓国・フェミニズム・日本』

責任編集:斎藤真理子
出版:河出書房新社
<発売中>
価格:1,600円+税
http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309028378/

『誰にでも親切な教会のお兄さんカン・ミノ』
著者:イ・ギホ
翻訳:斎藤真理子
出版:亜紀書房
<発売中>
価格:1,700円+税
https://www.akishobo.com/book/detail.html?id=937&st=4

『楽しい夜』
(ジェームズ・ソルター「楽しい夜」収載)
編集・翻訳:岸本佐知子
出版:講談社
<発売中>
価格:2,200円+税
http://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000189684

 

■筑摩書房「Webちくま」にて対談の模様を全文公開(2020年5月13日更新)
http://www.webchikuma.jp/articles/-/2024

■筑摩書房「Webちくま」にてパク・ミンギュメッセージ公開(2020年5月13日更新)
(パク・ミンギュ氏が本対談のために書き下ろし、イベントで配布されたメッセージ)http://www.webchikuma.jp/articles/-/2007

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