ブッククラブが出版業界を活性化させる? 「OSIRO」代表・杉山博一に聞く、良いコミュニティに共通する3つの条件

「OSIRO」代表・杉山博一インタビュー

 「読書ばなれが進んでいる」「書店数が減少している」「コンビニの雑誌売場が無くなってきた」……昨今の本にまつわるニュースでは、うつむき気味な話題が目立つ。しかし、意外なデータが聞こえてきた。ブッククラブ、いわゆる読書会が人気で、さまざまな催しが増えているというのだ。

 コミュニティプラットフォーム「OSIRO」を運営するオシロ株式会社が調査したところ、同社のサービスを利用しているコミュニティの中で、ブッククラブ(読書会)の開催数は2021年は333回だったが、2024年には612回とほぼ倍増。しかも本をテーマにしていないコミュニティでも、ブッククラブの開催が増えているという。

 なぜ今、ブッククラブが求められているのか? 本や出版をとりまく状況にどのような影響を与えるのか? 活況を後押ししているオシロ株式会社の代表・杉山博一氏に聞いた。

「OSIRO」が生まれた背景

――「OSIRO」とはどんなサービスなのか、教えてもらえますか?

杉山:「なぜ『OSIRO』が生まれたか」から説明したほうがわかりやすいと思うので、そこからはじめたいと思います。僕は24歳のときに世界一周の旅から帰ってきたんです。初めての海外旅行でした。貧乏旅行で外国語もままならなかったのですが、どの国にいってもカタコトの英語と身振り手振り、英語が通じない国ではイラストで会話がなんとかなったんです。その経験によって「ノンバーバル(非言語)コミュニケーションは国や文化を超える。すばらしい」と強く実感しました。ノンバーバルな表現としては、以前から絵を描くのが好きだったので、「絵描きとして生きていこう」と心に決めました。しかし、30歳を区切りに、絵で食べていくことをあきらめたんです。

――あきらめた理由は?

杉山:「お金とエール」が続かなかったからです。正確にいうと、お金そのものはありました。20代の頃はちょうどインターネットが普及しはじめた時期で、僕はウェブサイトを中心にロゴや名刺などをトータルで手がけるデザイナーとして、企業から多くの仕事をいただくようになっていたからです。デザインでは国内外で賞をいただくなど、一定の評価も得ました。ただ、デザインの仕事が増えれば増えるほど、絵を描く時間はなくなりました。アーティストとしてはほとんど誰からも支持も応援もされていない状態で、絵で稼ぐことはできなかったんです。エールがない状態では、孤独な創作活動を続ける力を持続させるのは難しいと実感しました。

――そして「OSIRO」を起ち上げた?

杉山:いいえ、まだです(笑)。アーティストを辞め、デザイナーを専業にしていた32歳の頃。2006年に、日本とアメリカの証券会社でトップセールスをあげた知人と、個人に向けて資産運用のアドバイスから実行までをする金融サービスの会社を起ち上げました。

――最初に金融事業で起業されたとは、意外です。

杉山:僕の中では地続きなんです。その知人は日米で金融の世界にいたことから、「アメリカのような個人向けの金融アドバイザーが日本にも必要だ」と強く考えていました。自分の話にひきよせると、資産運用を安心できるプロに任せられたら、お金が増えるし時間もできる。その分、芸術や文化に触れたり、創作活動に使うことができると良いなと考えたんです。結局、その会社はとてもうまくいき、IPO(新規株式上場)まで果たしました。僕は起ち上げから5年間コミットしました。

――その後は何を?

杉山:ニュージーランドへの移住を考えました。きっかけは、すでにニュージーランドに移住を決めたあるプロデューサーの方から依頼をうけて、デザイン全般とブランディングを手伝ってほしいと誘われたこと。打ち合わせを続ける中で何度か彼の地を訪れると、すばらしい自然の中でオフラインの状態で過ごすことで、クリエイティビティが刺激されることを体感したんです。そして「自分もニュージーランドへ移住しよう」と考え、本格的に準備をすすめていたのですが、ちょっとした行き違いがあって、結局、ニュージーランド移住の夢は叶わなかった。そのときに「お前にはまだ日本でやることがある」「日本を芸術文化大国にするんだ」という声が降りてきた気がしたんです。

――それは「天命」のような感じですか?

杉山:本当にそうとしか思えなくて(笑)。そこで「日本を芸術文化大国にするためにはどうすれば良いか?」と考えたとき、自分と同じように30歳くらいでアートの道をあきらめるクリエイターがごまんといることに思い至ったんです。きっと、いまこの瞬間にもそういう人はいると思います。そこで、才能のあるクリエイターやアーティストが、30歳を過ぎても持続的に創作活動を続けられるような仕組みを作ろうと立ち上げたのが「OSIRO」なんです。

クリエイターに「お金とエール」を届ける仕組み

――では、あらためて「OSIRO」の仕組みを教えてください。

杉山:ひとことでいえば、クリエイターを支援するためのコミュニティプラットフォームです。クリエイターが主催者となり、そのファンの方が入るコミュニティを形成できる。コミュニティの参加者だけが共有できるチャットやSNSのような仕組みが用意されているので、同じ嗜好の方々がクローズドな環境で思う存分に交流できます。またオンラインイベントを開催する機能や、決済機能もあるので、一気通貫でクリエイターを中心とした応援コミュニティが形成できるわけです。

――まさに「お金とエール」をクリエイターに届ける仕組みがある。

杉山:そのとおりです。コミュニティに参加することで、クリエイターとファンの双方向、ファンとファンという多方向が直接的にチャットやブログ、コメントでやりとりしたり、クローズドSNSを通して具体的なエールを送れます。また定期的にオンラインイベントを実施することで、クリエイターとファンの直接の交流ができ、関係性が深まります。これが「エール」の仕組みです。さらにコミュニティの会費は、プラットフォーム内の決済システムを通して「お金」としてクリエイターに還元されます。

――既存のオープンなSNSでも、クリエイターとファンが繋がること自体はできると思います。それらと比べて「OSIRO」のメリットは何でしょう?

杉山:コミュニティの質の高さにつきます。「OSIRO」では、月額にして数千円程度の会費で運営されるクリエイターの方が多いため、本気でクリエイターを応援したい方に参加していただける可能性が高まりますし、その分、熱量の高いファンが集まります。裏を返すと、心ない攻撃などで「荒れる」心配もありません。

 サービス名の「OSIRO」は「お城」の意味です。クリエイターが一国一城の主になるという意味と、城壁で守られた安心できるコミュニティづくりができることを表してつけました。

――だからこそ、作家の平野啓一郎さんや俳優の鈴木杏さん、フォトグラファーの青山裕企さんなど、幅の広い著名クリエイターの方もOSIROでコミュニティを作られているのですね。

杉山:本当にありがたいことです。こうした多彩なコミュニティが持続的に盛り上がるよう、「OSIRO」では特に「コミュニティのメンバー同士がつながって仲良くなること」を意識しています。

――応援するファン同士が仲良くなる?

杉山:そうです。もちろんクリエイターとファンの繋がりはとても大事ですが、自分と共通の趣味嗜好を持つファンの方と繋がることも、同じくらいに幸福なことなんです。深いところで価値観が合う人と交流できるわけですから。

 ビジネスでのコミュニケーションと違って趣味の交流がさらに盛り上がるよう一見無駄に感じるような非効率なコミュニケーションができる、ちょっとした機能やデザインにも工夫を凝らしています。感情表現を気軽にしやすくすることで、ファン同士がつながりやすくなるような設計思想をつらぬいているんです。

 今は著名な方や日本のトップのベンチャーキャピタルからも調達をし、シリーズA(スタートアップの投資ラウンドで成長しはじめたタイミングを指す)くらいのフェーズ。調達した資金は、特に「コミュニティがいかに継続できるか」に焦点を絞って運用し、サービスを磨きあげています。

ブッククラブ運営から見えた「良いコミュニティの条件」

――継続するコミュニティづくりを試行錯誤するなかで見つけたひとつの"解”が「ブッククラブ」、いわゆる読者会だと伺いました。

杉山:数百のコミュニティの立ち上げ、運営のお手伝いをしながら、「うまくいくコミュニティ」と「そうでないコミュニティ」の明確な違いが見えてきて、ブッククラブこそが良いコミュニティを作る上で最強のコンテンツだということがわかってきました。先にあげたように、コミュニティへの参加者同士の仲が良いのはもちろんですが、それ以前に3つの要因がありました。

――3つの要因とは?

杉山:「距離の近いコンテンツや体験が提供されること」「そのコンテンツや体験の提供への負荷が高すぎないこと」「会員同士の交流がネガティブにふれないこと」の3つです。1つめは当たり前のことですが、会費に見合った体験が得られなければ、不満を抱いて退会する方が増えます。満足度の高いコミュニティ体験を提供することがまず不可欠です。もっとも、その体験を提供することへのカロリーが高すぎると、コミュニティ運営は続きません。それが2つめの「コンテンツや体験の提供に負荷が高すぎないこと」の意味です。そして3つ目、クローズドとはいえ、その中でネガティブな感情が交換されるようでは、やはり居心地の悪いコミュニティになります。

――ブッククラブは、この3つの要因を満たしている?

杉山:はい。一冊の本を選び、それについて語り合うのがブッククラブの基本です。本の内容は「自分はこう理解した」と、ひとによって解釈の仕方が異なる傾向があります。それゆえ、ブッククラブに参加すると、自分の意見をオープンに伝えられる喜びがある。加えて、他の方の「こう解釈した」を聞くことで、自分とは違うものの見方や捉え方も吸収できる。ひとりでは得られない豊かな読書体験ができるわけです。しかも「OSIRO」は、アーティストなどを支援するコミュニティです。自分の好きな作家やミュージシャンが、「同じ本をどう読むのか」「どこにどんな影響を受けているか」を聞けることは、ファンにとって極めて興味深いですよね。

――まずは1つ目の「距離の近いコンテンツ」を十二分にクリアしているわけですね。

杉山:しかも、コンテンツを作り出すためのカロリーを低く抑えられるのも大きなポイントです。コンテンツをゼロからつくることや、コミュニティのイベントを開催しようとすると、準備がとても大変です。しかし、ブッククラブは基本的に「選書するだけ」でOKです。もちろん、選書には文脈や哲学が必要ですが、他のイベントに比べたら極めてローカロリーです。

――最後の3つ目は?

杉山:一冊の本について個人の感想を語り合う。それは「自己開示」であり「共通体験」でもあり「共同作業」でもある。「感情共有」の場でもあるんです。いまあげたすべての要素は、人と人が仲良くなるために重要なものばかりです。ブッククラブには、お互いの価値観を承認しあうプロセスが内包されていて、自然な形で人と人がぐっと近づき仲良くなれるんです。

――なるほど。ブッククラブならローカロリーで満足度の高いイベントができる。持続性の高いコミュニティづくりのお手本のような要素が最初から入っているわけですね。

杉山:もともと『猫町倶楽部』さんという老舗の読書会があって、長らく「OSIRO」を利用していただいています。このコミュニティがすばらしく活発で、年間300におよぶ読書会を開催して、毎回大盛況なんです。なぜこれほど活発なのかと調べてみると、『猫町倶楽部』さん以外でもブッククラブや、読書会イベントを実施しているコミュニティは盛り上がっていて、継続率も高かったんです。そのため、今はすべてのコミュニティにブッククラブを開催することを推薦していますし、ブッククラブ以外でも「ブッククラブが持っている三要素を意識してイベント運営する」ことを提唱しています。

――平野啓一郎さんなど、作家の方のブッククラブはいかにも人気が出そうですね。

杉山:小説家の方から見ても、とても魅力的なイベントだと思います。小説家の方とブッククラブと相性が良いのはもとより、自分の作品を継続的に読んでくれるファンの方々から直接的にお金とエールが得られるのは、大きなモチベーションになります。ただ、出版社の担当編集の方は、やや尻込みされる方が多いことも否めません。

――なぜでしょう?

杉山:「OSIRO」でのコミュニティがうまく回ると、本を書かなくても継続的に収入が得られることになる。担当編集者としては、「それよりも早く作品を書いてほしい」と思ってしまいますからね。

――確かに。利益相反してしまう面がある。

杉山:でも僕はそうは考えていなくて、役割が違うのだと捉えています。出版業界をふくめたコンテンツ業界は「つくる」「売る」「楽しむ」の3つの段階に分けられると考えています。本でいうなら「つくる」のは作家と編集者・出版社、「売る」のは書店員・書店です。どちらもずっと努力をされていて、充実もしています。ただ、「楽しむ」という段階におけるサービスの提供は、これまであまりできていなかったのではないでしょうか。僕たちはそこを埋めたいと考えています。

――ブッククラブによって本をより能動的に「楽しむ」機会を多く提供できれば、少し元気がなく見える出版業界も活性化させられるかもしれない?

杉山:そう確信しています。実際、欧米では作家やセレブのブッククラブが急増していて、とても流行っています。それがアメリカや欧州などでリアル書店が息を吹き返している大きな要因とも言われているんです。個人金融アドバイザーのサービスが少し遅れて日本に届いたように、今後、日本でもブッククラブがさらに増え、出版業界を違う角度から牽引していく。僕にはそんな未来が見えるんです。

――ブッククラブが「本を読む」行為そのものへの誘因にもなっていくかもしれませんね。

杉山:実はすでに、そういうスタイルのブッククラブもあります。「本を読まなくても参加できる」というブッククラブがまさにそうです。読んでいないけれど、興味はある。そんな方が実際に読んだ人のユニークな語り口や含蓄ある意見を聞いて「自分も読んでみよう!」とあらためて感じられるイベントになっています。言い方を変えると、ブッククラブそのものが新しい読者の入口をつくる機会にもなるわけです。

――マンガや映画でも、ブッククラブのようなコミュニティは盛り上がりそうですね。

杉山:実際、すでに動き始めています。著名アーティストによる漫画クラブや、著名映画監督によるブッククラブなどお話させていただいております。まずはブッククラブをさらに活性化させていくことで、「日本を芸術文化大国にする」という目標に近づけていきたいです。

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