千街晶之のミステリ新旧対比書評・第20回:J・B・プリーストリー『夜の来訪者』×辻堂ゆめ『ふつうの家族』

千街晶之のミステリ新旧対比書評・第20回

一家全員の暗部が順繰りに暴かれてゆく『夜の来訪者』

J・B・プリーストリー『夜の来訪者』(岩波文庫)

 ミステリの世界においては、一見互いに理解し合っているかのような平穏な家庭が、裏に秘密を隠していることが多い。今回は、そんな家庭を描いた作例を紹介したい。

 J・B・プリーストリーはイギリスのジャーナリスト・小説家・劇作家・批評家であり、89年の生涯のあいだに120冊を超す著作を発表した。日本には『自由な考え方』(朝日新聞社)や『英国人気質』(秀文インターナショナル)といった批評書も紹介されているが、何といっても劇作家としての顔が最も知られている。

 今回紹介する『夜の来訪者』は、そんな彼の戯曲の中でも知名度の高さにおいてずば抜けている。初演は1945年。幾度も映像化されており、日本には1954年のガイ・ハミルトン監督による映画と、2015年のイギリスBBCのドラマが紹介されている(いずれも邦題は『夜の来訪者』)。日本では、1951年に俳優座で上演されたのが初演となる。原題はAn Inspector Callsで、そのまま『インスペクター・コールズ』というタイトルで上演されることもあるが、大抵は1951年の初演時の邦題『夜の来訪者』を踏襲している。台本の邦訳は初演の際の内村直也によるものが三笠書房から出ており、2007年には安藤貞雄が訳したものが岩波文庫から刊行された。

 時代背景は1912年、舞台はイギリスの資産家バーリング家。工場主で地域の有力者のアーサー、その妻で夫より社会的地位が上のシビル、夫妻の娘シーラ、息子エリックという一家4人に、アーサーの同業者の息子ジェラルド・クロフトを加えた面々が、シーラとジェラルドの婚約を祝うため集まっていた。そこに、グール警部と名乗る人物が現れた。せっかくの祝いの席に水をさすかのような警察官の登場に苦い顔をするアーサーに、警部はエヴァ・スミスという若い女性が自殺したと告げる。エヴァは、2年前にアーサーが解雇した工場の従業員だった。だが、警部は他の面々にも死んだ女性の写真を見せ、彼女に心当たりがないかを問いかける。実は、シーラもジェラルドも、シビルもエリックも彼女と接点があったのだ。

 既に記した通り、時代背景は1912年。2年後には第一次世界大戦が勃発するわけだが、アーサーはいかにも自信ありげに「戦争が起こる見込みなんかない」と言い放つ。また彼は、友人が下見をした新しい巨船について「沈まない、絶対に沈まない」と断言するが、その船の名はタイタニック号である。アーサーはデマに惑わされないようにと一同に説くけれども、後世の人間から見れば、楽観で目が曇っているのがアーサーであることは明らかだ。時代の変化に気づかず、旧態依然たる意識の中でまどろんでいるのがバーリング家——特にアーサーとシビルの夫婦だが、既に事件のあらゆる情報を把握済みである警部の鋭い追及により、婚約者ジェラルドも含む一家全員の暗部が順繰りに暴かれてゆく過程がスリリングだ。

 そしてこの戯曲が語り種となっているのは、結末に待ち受ける数度のどんでん返しによる。ただし、それは真実が明らかになることを意味しない。果たして実際に起こったことは何だったのか、そしてグール警部の真意は? 物語は、幻想的ともホラー的とも言える余韻とともに幕を下ろす。

理想的な「ふつうの家族」は本当に「ふつう」だったのか

辻堂ゆめ『ふつうの家族』(講談社)

 この『夜の来訪者』を想起させるのが、辻堂ゆめの長篇小説『ふつうの家族』である。共同通信系の複数の新聞に連載され、2026年、講談社から刊行された。

 著者は2014年、「夢のトビラは泉の中に」で第13回『このミステリーがすごい!』大賞優秀賞に選ばれ、翌年、それを改題した『いなくなった私へ』(宝島社文庫)でデビューした。2022年には警察小説『トリカゴ』(創元推理文庫)で第24回大藪春彦賞を受賞するなど、実力派の書き手として続々と優れた作品を発表している。

『ふつうの家族』の舞台は、神奈川の湘南に一戸建てを構える桜石家。顔ぶれは、電機メーカーの管理職の和則、専業主婦の冴子、息子の海と娘の舞花の4人。就職を機に家を出た海と、通っている大学の近くに住んでいる舞花が帰省し、久しぶりに一家全員が揃ったその日、大嵐が襲来する中、正体不明の青年が玄関に倒れているのが発見された。ミナトと名乗る彼は高熱を出しているが、嵐により通信障害が発生していて、警察や病院への連絡もままならない。

 全員がミナトを家に招き入れたのは自分ではないと主張するが、家族のうちの誰かであることは明白な状況だ。和則はミナトは舞花の彼氏ではないかと疑い、海と舞花はミナトが和則の隠し子である可能性を検討する。そして海は、スマートフォンのバッテリー残量に関する冴子の不可解な発言に気づく。

 この作品の主眼は、誰がミナトを家に招き入れたかというフーダニットにあるわけではない。それが誰かは、比較的早い段階で読者には明かされる。だが、その人物ですらミナトの正体を知っているわけではない。桜石家の人々は互いに疑心暗鬼に駆られながらも、実はそれぞれミナトが誰なのかについて密かに心当たりがあった。そして彼らは、自分の過去、そして他の家族に隠している現在の秘密を思い返してゆく。

 家族とは社会における最も小さな共同体であるが、だからといって互いのことを何でも語り合えるわけではない。家族を構成しているひとりひとりが、見栄もあれば後ろめたさもあり、生きづらさも背負った人間だからだ。一見理想的な「ふつうの家族」が本当に「ふつう」だったのかを、登場人物たちは改めて考えることになる。しかし、この小説には『夜の来訪者』ほどの暗鬱さはない。プライドなどが邪魔して家族に言えないことも、言ってしまえば案外すっきりすることが多い。各自が抱えた秘密によって鬱屈していた4人が、改めて他の家族と向かい合う結末は嵐が過ぎ去った後のように晴れやかである。実はちょっとした秘密があるくらいが、「ふつうの家族」のありようなのかも知れない。

関連記事

リアルサウンド厳選記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「連載」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる