連載:SFスクランブル交差点 書評家たちが選ぶ、2026年8月のベストSF小説

2026年8月のベストSF小説

 想像力の翼を自由にはばたかせてみたい。

 SFというジャンルに対して抱く思いは読者によってそれぞれ違うでしょうが、自由に、という要素は共通するのではないかと思います。さまざまなしがらみを離れて自由に。舞台となる世界はしっかりと構築されていたほうがいいが、でも行く先だけは自由に。どちらでも、どこへでも。空想のベクトルを制限することはできません。

 SFスクランブル交差点は、SFを自由に読むための月評です。さまざまな出自の評者が、国内外の作品を読み、その月の一押しをお薦めします。ルールはただひとつ、前月に出た新刊であること。原稿は到着順、そのほか一切の縛りなしでお届けします。

 さあ、どんな作品が選ばれていますことか。今回は、2026年7月刊行の作品です。

冬木糸一の一冊:市川憂人『呪詛遊戯』(中央公論新社)

 今回は理山貞二『すべての夢、果てる地で』と迷ったが、驚きという点で市川憂人による歴史改変&特殊設定ミステリ『呪詛遊戯』を選びたい。

 舞台は、視覚や聴覚、四肢機能など何かを喪失する《呪詛》を大半の人が持つようになった照和(ショウワ)100年の日本。呪詛に侵された心身を癒す療養施設で殺人事件が発生する──それも、滞在者たちの間で呪詛が入れ替わるというオマケ付きで。以降も次々と入れ替わりながら殺人が繰り返され、ポルターガイスト現象まで発生し、殺人事件がどうでもよくなるレベルでしっちゃかめっちゃかになるのだが、そのすべてに驚愕かつ明確な答えが与えられる。

 ゲーム的になりすぎているきらいはあるが、好きな人にはたまらない。

あわいゆきの一冊:著:結城熊王/絵:本田亮『恐竜少年』(岩崎書店)

 第38回福島正実記念SF童話賞の大賞受賞作。研究者の父親が冷凍庫に保管していた恐竜肉のサンプルを焼いて食べてしまった小学四年生のリュウトは、1日1回、5分間だけ人間サイズの恐竜に変身できるようになった。リュウトが様々な恐竜のすがたで、正体を隠しながら困っている人々を助ける展開には冒険心を掻き立てられる。

 一方で「自分の正体を隠す」振る舞いは、相手と向き合い、わかりあうための会話を放棄することにもつながっていないか——本作はそこにも目を向ける。変身SFの〈お約束〉をいま改めて問いかける作品でもあった。

香月祥宏の一冊:理山貞二『すべての夢、果てる地で』(創元日本SF叢書)

 2012年の第3回創元SF短編賞受賞作を含む全6篇から成る、待望のデビュー短篇集だ。表題篇の表記は書名とは異なり、量子論のブラ・ケット記法を模した「〈すべての夢|果てる地で〉」。想像された世界と現実世界の量子的関係をめぐり、SFを読み未来を想像すること自体が大仕掛けになっている。ちりばめられたSF読者向けの目配せも楽しい。5分先の未来を見る装置をめぐる「ディセロス」も、予知と因果律を緻密な殺人トリックへ落とし込んだSFミステリの快作だ。ミステリ読者もお見逃しなく。14年、待った甲斐がありました。

堀川夢の一冊:カミラ・グルドーヴァ/上田麻由子訳『楽園の子どもたち』(河出書房新社)

 トランク一つで国を渡ってきた「わたし」が働き始めたのは、街でいちばん古い映画館であるパラダイス・シネマ。埃っぽくて汚いスクリーンや座席に、映画が好きであることは確かだけれど、ここ以外では働けそうにない従業員たち。「わたし」もそのメンバーの一員となり、寄り集まって暗く居心地のいい日々を送るが……。
映写機の光以外の明るさをきらう人々の楽園とその崩壊を、におい立つように生々しく、でもロマンティックに描く。「わたし」がしばしばのぞき込む「もうひとつのシネマ」に、つい足を踏み入れてしまいたくなる。

水上文の一冊:村田沙耶香『清潔な結婚』(講談社)

 村田沙耶香の作品はしばしば、ディストピアSFと呼べる色合いを帯びている。村田作品は、現実と地続きながら異なる角度でそれを描き出すことによって、「普通」に受け入れられていること――結婚や生殖など――の不条理や暴力を抉り出す。たとえば短編集である本書の表題作は、「性別のない結婚」をした夫婦が「清潔な生殖」を行えるクリニックを訪れるというもの。また別の短編「変容」が描くのは、人々の間から「怒り」という感情が失われていく世界だ。普段は目を背けている世界の裏側を覗き込んでいる、そんな心地になる一冊である。

池澤春菜の一冊:熊倉献・画『少し長めの一瞬』(東京創元社)

 今回は漫画! ふんわり奇妙な味わいの短編が16編。これがもうすばらしくいいSFなんです。作中の言葉を借りるなら「空中楼閣吹っ飛ばした娘が 掃き溜めに鶴と佇んでんだぞ! SFだろ!」

 お友達の彼のために作る四本腕のパーカー、鵺の家族の集会探し、左利きの帝國、住みやすい漢字とは、そしてケシュカヒュンヒュン。日常に不思議を一つ持ち込んで、それが育っていくのをじっくり眺める喜び。

 それにしても絵っていいなぁ。雪の日に足跡を消す妖怪に、切り絵の人々、漫画だからこそできるSFにちょっと嫉妬。 蒸気ならぬ牛筋機関が発達したもう一つの中国を舞台に、地下と空を翔る傑作シルクパンク!

杉江松恋の一冊:エドワード・ケアリー/古屋美登里訳『劇場の子 イーディス・ハラー』(東京創元社)

〈アイアマンガー〉三部作で読者の心を鷲掴みにしたケアリーの最新柵である。主人公のイーディスは、父親が経営する劇場で生まれ、外には一歩も出ることなく育った12歳の少女だ。外に出れば彼女は死に、劇場も崩壊するという呪いをかけられているのである。自身の生を縛るものに少女が克服していく成長物語なのだが、ハラー劇場と所在地の町ノリッジ、そしてイーディス自身にそれぞれ謎の部分があり、それらがどのような原理で存在しているのかというシステムが下巻で明らかにされる。ケアリーにしか書けないねじ曲がった世界が実に魅力的だ。

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