【漫画】ボツ続きの漫画家が心機一転エッセイを描いたら……? スランプに光明差し込む『エッセイまんがかいてみた』

ネームが100ページを超えても、企画が通らない――。少女漫画の連載を目指し、3年間そのスランプと格闘してきた漫画家・樹林みなみ(旧名:南美ナホ/@minavitamin)。担当編集の「エッセイ漫画が向いている気がする」というひと言をきっかけに描き始めたのが、Xで投稿された『エッセイまんがかいてみた』だ。
神社での家族のエピソードがコミカルな本作は、大御所作家に引用リポストされるなど反響を呼んでいる。初めてのエッセイ漫画を通して見えてきたものについて、話を聞いた。(小池直也)
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――第1話を発表しての反響はいかがでしたか。
樹林みなみ(以下、樹林):エッセイ漫画を描いて投下すること自体が初めてでした。大御所の先生が引用リポストしてくれたおかげで、読んでくれた方が多かったのかなと思います。
賛否両論というか、好意的な方もいれば「ちょっと読みにくいよ」や「スマホ用になっていないよ」と指摘してくれる方もいて。すぐに反応が来る、これがSNSで漫画を投下するということなんだなと。
――描き始めたのは、スランプがきっかけだったそうですね。
樹林:そうなんです。3年ほど、100〜120ページのネーム(漫画の設計図のようなもの)を描いても採用されないという状態でした。その間、漫画を読んでくれるのは編集さんだけ。自分のやりたいことをやっていたので、こだわりすぎてしまったのもあるのかもしれません。
それから編集さんに「エッセイ漫画が向いている気がする」と言われたんです。「描きたいネタはたくさんあるのに、雑誌に合わせる"チューニング"にずっと苦しんでいる。もったいない」と。
――実際にエッセイ漫画を描いてみて、いかがでしたか。
樹林:楽しいです。最初は「自分の日常なんて誰が見たいんだ」と思っていたんですけど……。エッセイ漫画なんて成功者が描くもの、みたいな。でも編集さんのチェックも入らないし、原稿の上を縦横無尽にゴロゴロ転がって描けている感じ。
思えば、デビューしたときに「作者紹介ページを漫画調にしてほしい」と言われて描いたのが、初めてのエッセイ漫画っぽいものでした。厳しい編集さんだったのに、珍しく褒められた思い出があります。だからスタート地点に戻ってきた感じかもしれません。
変なルールを作って、勝手に縛られて苦しんでいたなと第1話を描いた時点でわかりました。やりたくないことが、一番の答えだったりするんですね。
――エッセイ漫画の制作で得たものはありますか。
樹林:画面作りですね。最初は「漫画は8の倍数で描く」という雑誌の風習が自分のなかに残っていて、ずっと8ページで収めていたんです。でも画面が窮屈なことに気づいて。その感覚を捨てられたのは、ひとつの気づきでした。
――SNSのエッセイ漫画らしからぬ、丁寧な書き込みも印象的でした。
樹林:商業漫画と同じクオリティで、トーンの貼り込みや背景を描き込んでしまうんです(笑)。スマホで読む人が多いから、本当は必要ないのかもしれませんが、背景が白いとソワソワするんですよ。もう少し引き算して、適当には見えない"いい加減"を見つけていければ。
――物語の作り方について教えてください。
樹林:そのときに考えたことを描いている感じです。自分は過去のことを、人より覚えているみたいなんですよ。第1話の家族でコイン投げをするエピソードも、私しか覚えていませんでした。そのときの感情も含めて覚えているので「怖い」と言われました。
――日常の意識も変わりましたか。
樹林:そうですね。常に「どう描こうかな?」と考えています。主人公が自分なので、何かが起きたときに「キャラがこういう顔をして、こういう反応をしそうだな」と頭に浮かぶようになりました。
3年間悩んでいたネームも、結局は主人公のキャラが定まらなかったんです。でも、だんだん自分のキャラが日常や考え方に染み出してくる。進まなかったネームも「こうすれば描けるかも」と。自分が書いているものに、逆に自分が影響されている感覚です。
――今後、描いていきたいものは。
樹林:今は家族の紹介をやっているのですが、その後はスピリチュアルな内容も描いてみたいですね。あとは並行して、創作漫画のネームも少しずつ進めていければ。諦めてはいないので、上手くできたらまた編集さんに見せるつもりです。




















