1文字も書いていない? 落合陽一が初小説で挑んだAI執筆「人生に味わいがないと個性が出ない」

落合陽一が語る初の小説とAI執筆の裏側

 メディアアーティスト、研究者として活動する落合陽一による初の小説『すべては計算でできている』(クロスメディア・パブリッシング)が9月18日に刊行された。

 本作は、29歳のSE・三輪慎一と「禰宜(ねぎ)」と名乗るAIとの対話を通じて、職場での理不尽や嫉妬、結婚、親との関係、大切な人の死といった人生の悩みに向き合っていく物語だ。人間を脳と身体を備えた「計算装置」として捉え、人間の感情や営みを「計算」という視点から描き出していく。

 その制作過程もまた、「すべては計算でできている」というタイトルを体現するものだった。なぜ今、小説を書いたのか。生成AIはどう使ったのか。AIにできることが増えていく中で、人間はどう生きていけばいいのか。制作の舞台裏とともに聞いた。

「すべては計算でできている」はすべて計算でできている

落合陽一氏

ーーこれまで様々な活動をされてきた中で、商業で小説を出すのは今回が初めてだと思います。小説という表現形式を採用したのにはどういった経緯があったのでしょうか。

落合陽一(以下、落合):もともと小説書くのは嫌いじゃなくて学生の頃はよく書いてたんですが、大人になってからは書いてくれと言われても書く時間が取れなくて。「文學界」で連載した時も小説じゃなくてエッセイになっちゃいました。

 本を出すようになってから10何年か経って、自分では結構特徴的な文章だと思ってるんですけど、その特徴的な文章のまま文学にしたらどうなるんだろう、というのが最近気になってました。そこに編集の方から小説を書いてほしいという企画が来て、つくってみようかなと思ったんです。

ーー実際にやってみて、小説という形式だからこそできたことや、面白さはありましたか?

落合:小説の良さってテクスチャーだけで議論が進むところだと思ってて。エッセイもそうですけど、小説の方がその側面が強い。

ーーテクスチャーですか。

落合:つまり、意味はないが言葉が気持ちいいっていうのをずっと続けていって、それで成立する。一番は音楽で、その次が詩や俳句で、その次が小説だと思うんです。

 だから今回は気持ちのいいテクスチャーを追求したんですけど、実際にやってたのはほぼデータセット作りとエンジニアリングです。テクスチャーの気持ちがいいLLM(※1)を開発するのが一番大変でした。

(※1) 大規模言語モデル(Large Language Model)。ChatGPTやCopilotなど、チャットAIサービスの機能の中核を担うもの。

落合陽一『すべては計算でできている』(クロスメディア・パブリッシング)

ーー今回の執筆ではLLMをどのように活用されたのでしょうか?

落合:活用というか、全部LLMに書かせました。自分では一文字も書いていません。

 AIを使った開発にハーネスエンジニアリング(※2)とかループエンジニアリング(※3)っていうのがあるんですけど、執筆依頼が来て最初に小説を書かせるためのハーネスとループの設計をしました。それで何回か書かせてみたんですけど、やっぱり地の文がのっぺりしちゃって気持ち悪いのと、文学的な斬新性みたいなものがあまり出てこないから気持ちよくなくて。

 なので並行してモデルのトレーニング(※4)をしてました。今年の2月からずっとやっていて、7月ぐらいに急に良くなったんです。それでハーネスの方も追加学習したモデルにあわせてつくりかえて。

(※2) AIが目的に沿って仕事を進められるよう、ツールやルール、実行環境などの基盤(ハーネス)を整えること。

(※3) AIの仕事の手順や繰り返し方(ループ)を設計すること。

(※4) プロンプト(LLMへの指示)の工夫ではなく、データを学習させることでモデルそのものを調整すること。

ーー文章の質を上げるためにハーネスを工夫する話はよく見かけますが、モデル自体にも手を入れたんですね(※5)。

落合:大変でしたね。最初のほうのバージョンは全然ダメでした。

 まず、トレーニングに使うためのデータが大量に必要です。半端な量じゃ全然個性が出ない。最終的に落合陽一の文章3.5億文字分のデータになりました。

 3.5億文字ってLLMのデータセットとしては少なく見えるかもしれないんですけど、個人の文章としては結構多くて。文庫本で4,000冊ぐらいかな。まず、X(旧Twitter)の投稿が2,000万文字ぐらい、noteも2,500万文字ぐらい。そういった自分で書いた文字を全部集めたら3億文字ぐらいになって。そこへさらにインタビューや対談のように、喋ったものの文字起こしが3,000万文字ぐらい。

 とにかく取れるテキストデータは全部取りました。大学生のときに使ってたMacの中身やmixiの日記、LINEやメールのログのようなパーソナルなものを取ってくるのが特に大変だったかな。でも自分らしい文章を生成させるためにはこのあたりが重要だったと思います。論文も250本くらい書いてますけど、論文ってある程度決まった型で書くものなんで、どれだけ入れても個性は出てこないんですよね。

 よく、自分が書いた本が何十冊かあるからそれを使えば自分らしい文章を書くAIが作れるんじゃないかって思う方がいるんですけど、それだけだとダメで、パロディーみたいなものしか書けないんですよね。今回も最初のほうはよくあるダメなAIっぽい文章が出てきちゃって。パーソナルな文章や話し言葉を入れてから一気に良くなったと思います。

 しっかり生データを集めて独特なデータセットを作らないといけない、っていうのが今回の学びです。大変でしたし時間もかかりましたけど、いろんな発見があって楽しかったです。

(※5) LLMは大規模であるが故に、モデルのトレーニング・改善はコストが高い。そのため、ハーネスやループの設計など、モデルの外側の工夫だけで済ませることが多い。

ーー初稿を書き上げて以降の、編集者さんとのやり取りや原稿の調整でもAIを活用したのでしょうか?

落合:全部AIにやらせました。そのうえで、自分で文字をいじったり、AIに「ここをなおしてください」みたいな直接的な指示をしない、というルールは徹底してます。人間が直接なおしちゃうと「すべては計算でできている」にならないので。

 今回あとがきも自分で書いてないですし、表紙もAIに作らせてます。普通に画像生成でつくらせると解像感上がらないんで、生成AIにつくらせたモチーフを質感や光の当たり方を扱える素材データに変換して、Unreal Engine(※6)で混ぜて、そこに光を当てて……っていうふうにやらせました。すべて計算です。

(※6) Epic Gamesが開発する3D制作ツール・ゲームエンジン。CG制作にも使われる。

「書き方」の発明を探す

ーー執筆する上で意識した作品や、影響を受けた小説はありますか?

落合:今回作成したデータセットは完全に自分の文章しか入れてないですけど、その文章を書いた自分が影響を受けたものは色々あります。学生の頃は村上春樹さんが好きで、村上さんの小説を読んでると言葉の出がよくなるなって思ってました。

 あとは『ライ麦畑でつかまえて』とか『メッセージ』とか『アルジャーノンに花束を』とか。『アルジャーノンに花束を』は書き方自体が発明だなと思ってて。人が賢くなって退行していっちゃうっていう。

 僕はメディアアートの作家なんで、ものをつくるときに何か1個は発明がないと面白くないなと思ってます。今回は「書き方」で面白い発明ないかなと模索しながらやってて、そこは楽しかったですね。

ーー以前、noteに「物語のサーベイ」という記事(※7)を書かれていましたが、あの調査は今回の作品にも活かされているのでしょうか。

落合:あれはもともと万博のためにやってたやつで、去年の前半はずっと物語の構造について考えてました。最終的に般若心経を現代語訳するっていう構造を作ったんですけど。

 今回の小説では構造は変な形にせず、基本的にもらった企画書をそのまま反映させてます。小説っていうよりビジネス書の構成なんで、そういう意味では変ですけど。面白いですよね、ビジネス書なのに小説の形式を取ってて、地の文にサイケ感が乗ってるっていう。

(※7) 物語のサーベイ|落合陽一 https://note.com/ochyai/n/n7359c148b9d0

ーー今作の前半では章ごとに主人公が承認欲求、嫉妬、結婚などに向き合う構成になっています。これらのトピックは落合さんが選ばれたんでしょうか? それともテーマの設定からAIに任せているのでしょうか。

落合:トピック自体は企画段階で、一般的な悩みを解決するような話にしたいということで編集の方から提案されたものです。企画書をハーネスに入れてあるので、話が企画書から離れすぎると揺り戻すような設計になってます。

 後半はハーネスを変えてて、文学性重視になってます。なので文体というか、文章の雰囲気が結構違うんですよ。あとは前半と後半の間に補章が挟まってるんですけど、これがかなり変で、個人的には一番好きな章です。AIが自我を持ってる感じが出てるんですよね。

ーー次にまた小説を書くとしたら、新しくチャレンジしたいことはありますか?

落合:実は登場人物がいてお話がある構造って結構苦手なんですよ。ストーリーも展開もない文章が好きなので、もっと意味のない文章を書きたい。意味がなくても味がすればいい。音楽でいうとアンビエントミュージックやドローンミュージックみたいな。あとテクノが好きです。テクノみたいな小説が書きたいな。

 今回つくったLLMはそういう文章を生み出すのに最適なものだと思うので、やってみたいですね。設定もプロットもないところから文章をつくることができる。

人生に味わいを

ーータイトルの「すべては計算でできている」というフレーズは作中でも繰り返し出てきます。数式で形式化したり、コンピューターで扱えたりする領域は、これからも広がっていくのでしょうか?

落合:そうだと思いますね。LLMもどんどん人間の応答や反応と同じようになってきてますし。まだばらつきが小さいなって思うところもありますけど、今回やってみたら意外と文学性も高くなってきて。自分が普段喋らないようなことを言い出したりした時に、計算でできる範囲がまた一つ広がったなって思いましたね。文章を書くのに限らず、どんどんみんなのコピーができる時代になっていくと思います。

ーーとはいえ、自分のコピーをつくるために3.5億字のデータを用意して、学習させられる人はそう多くないですよね。

落合:そうですね。それに、味のある人じゃないと、データセットやその学習結果も個性が出にくくなっちゃいますね。僕はメディアアーティストであり工学者でもあるので、喋り言葉も書き言葉もちょっと変な単語の混ざり方をするんです。だから文章の特徴は出やすかったと思います。昔の人でも、農学者の宮沢賢治とか、物理学者の寺田寅彦とか、ああいう人たちは出てくる語彙が特徴的ですよね。

 最近のLLMってコーディングやタスク処理性能ばっかり重視する方向になってて、文章能力は一時より落ちちゃってるんですよね。これでは味わいのある文章は出てこない。でもユーザーが求めてるのがそっちだから仕方ない。いい文章を書かせたいなら、もう自分でトレーニングするしかないでしょうね。

 今はAIエージェントを使えば、自分の欲しいLLMをつくることもできるし、誰でも自分のコピーがつくれるようになっていくと思います。でも、そのためには学習させるデータが要るし、個性のあるデータを集めるには人生に色々な味わいがないといけない。

 いろんな味わいのある人生を送ると、いろんな言葉が生まれる。その言葉が積み重なって、その人にしかない言語の体系ができていく。AIで自分をコピーできる時代だからこそ、そういうものが大事になるんじゃないですかね。

■書誌情報
『すべては計算でできている』
著者:落合陽一
価格:2,145円
発売日:2026年9月18日
出版社:クロスメディア・パブリッシング

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