「介護のネガティブな感情を責めないで」愛犬を見送ったライター・黒田隆憲が伝える、ペットロスとの向き合い方

愛犬と歩んだ18年と壮絶な介護の記録

 小さなペットショップの隅で震えていた、一匹の柴犬ーー。ライター・黒田隆憲と愛犬・どんべえがともに重ねた時間は、約18年に及んだ。

 言葉が通じないからこそ深まっていった絆、そして訪れた壮絶な介護の日々と、避けることのできない別れ――。その一生を見届けた軌跡を赤裸々に著した書籍『きみがぼくになるまで〜犬と家族になって一生を見届けた18年』(KADOKAWA)が静かな共感を呼んでいる。

 どんべえと過ごした愛おしい日々、そして命を見送ったからこそ見えた「動物と暮らす尊さ」について、黒田に語ってもらった。

「全然仲良くなれない」初めて同士の距離感と絆


黒田隆憲『きみがぼくになるまで〜犬と家族になって一生を見届けた18年』(KADOKAWA)

ーーどんべえくんとの出会いについて、教えてください。

黒田隆憲(以下、黒田):20年ほど前、当時の妻と「いつか犬と暮らしたいね」「飼うなら柴犬がいいかな」と、よく話していたんです。なかでも柴犬の、耳がピンと立っていたり、尻尾がクルンと丸まっていたりするところがすごく好きでした。それで、休みの日はホームセンターのペット売り場に行って癒されていたんです。

 そんなある日、小さなペットショップの隅の方で、震えている柴犬と出会いました。その日は少し触って帰ったのですが、どうしても気になって、次の日もう一度会いに行き、そのままお迎えすることにしたんです。それが、どんべえとの出会いでした。

ーー私も犬と暮らしているのですが、最期のお別れを考えてしまい、お迎えするかはかなり葛藤しました。当時の黒田さんは、どう考えていましたか?

黒田:僕はお別れについてはまったく考えていなかったですね。初めての犬だったので、あまり実感がなかったのかもしれません。それよりも、お散歩とかご飯とか、「ちゃんとお世話をしなければ」という気持ちの方が強かったです。

ーーどんべえくんは、どんな男の子でしたか?

黒田:少し臆病で、慎重な性格でした。新しい食べ物を食べるときも、まずはしっかり匂いを嗅いでから口にする。雷の音もすごく苦手でした(笑)。ほかの犬に対しても臆病で、なかなか打ち解けられないこともありましたね。散歩も最初は怖かったようで、嫌がっていました。そんな性格だったのもあって、信頼関係を築いていくまでに時間がかかりました。

ーー距離が縮まるきっかけは、なんだったのでしょうか。

黒田:ひとつは「手作りごはん」ですね。「全然仲良くなれないな……」と感じていて、ごはんを作ってあげたら少し関係が変わるんじゃないかと思い立ち、どんべえが7か月のころ、試しに作ってみたんです。

ーーどんなごはんを作っていたのですか?

黒田:白米や野菜、具入りのスープなどをあげていました。どんべえは、とくにかぼちゃやさつまいも、じゃがいもなど、甘みのある野菜が好物でしたね。

 ごはんを作ると、どんべえは何が好きなのか、どれをどのくらい食べるのかが、わかってくるんです。試行錯誤して作ったごはんに反応してくれると僕も嬉しいし、どんべえも「美味しいごはんをくれる人だ」と、僕のことを認識してくれるようになりました(笑)。

ーーお互いの絆が深まった、小さな転機だったんですね。

黒田:「手作りごはん」は信頼関係も築けるし、健康の意味でもおすすめです。食材から自然に水分も摂れますし、冷凍すれば作り置きしてもいい。どんべえが腎不全になってからも4、5年生きてくれたのは、手作りごはんでしっかり水分を摂れていたことも大きかったんじゃないかな、と思いますね。

 どんべえは「お散歩」と「ごはん」が大好きでした。もう「ごはん」という単語を聞いただけで反応するくらい。いつも勢いよく食べてくれるので、珍しく残したときは不安になるくらいで。お散歩は、雨の日も雪の日も風の日も、必ず1日1時間以上していました。公園ではよくボール投げをして遊んでいたのですが、それも大好きでしたね。

ーー素敵な思い出ですね。そうした日々のなかで、どんべえくんと通じ合うような瞬間もあったのでしょうか。

黒田:どんべえは、とくに“察知能力”が高かったような気がします。病院やお風呂が苦手だったんですが、行くことを察知した瞬間、もう逃げ回って大変でした(笑)。少し準備を始めただけでソワソワし始めて、すぐ気付かれてしまうんです。大変ではありましたけど、それだけ周りをよく見ていて、本当に頭のいい子だったなと思いますね。


ーーどんべえくんとの生活の中で、どんな出会いがありましたか?

黒田:お散歩では、“犬友達”ができました。顔馴染みのワンちゃんができると、自然と飼い主同士も仲良くなって、病院や公園などの情報交換ができて。なかでもどんべえは、ラブラドールの太郎くんと仲良くしていました。その子もすごく大人しい子で、どんべえと性格が似ていたのか、息が合ったみたいです(笑)。

ーーどんべえくんとの暮らしのなかで、どんなときに幸せを感じましたか?

黒田:どんべえは割と気まぐれな性格だったのですが、たまに僕にお尻をくっつけてきました。その姿がとても可愛かったです。犬が人間の体にくっつくのは、信頼している証のようで、どんべえは1日に1回くらい、そうやって僕にくっついてきてくれました。あとは、雷が鳴っているときに僕のそばに来てくれたりもしました。そういう姿を見ると、どんべえが心を許してくれていることを実感して、嬉しかったですね。

赤裸々な介護を書き記した理由


ーーなぜ、どんべえくんとの日々を書籍にしようと思ったのですか?

黒田:最初は、本にしようとは思っていなかったんです。どんべえがシニア期に入ってから、noteに介護の記録や、病気にどう対処してきたのかを、「情報」として残すつもりで書いていました。どんべえは主に、緑内障、腎不全、前庭疾患の3つの病気になったのですが、当時は調べてもあまり情報がなかったり、必要以上に不安になってしまうような情報が多かったんです。

 だからこそ、どんべえが実際にどのように診断され、介護期にどんな数値や変化があったのかを記録しておけば、誰かの参考になるかもしれないと思いました。とくに晩年は、病気や身体の変化だけでなく、そのときの僕自身の気持ちも含めて、できるだけ細かく書き残しておきたかったんです。

ーー書籍には、介護中に黒田さんが抱いた苦労や怒りの感情など、本当に赤裸々に綴られていました。

黒田:これは人間も動物も同じだと思うのですが、やっぱり「介護」ってすごく大変なんです。介護中にネガティブになってしまったり、投げ出したいと思ってしまうのは当然なんです。その感情は誰にでもあるものだし、僕の本を読んで共感することで、気持ちが楽になる人がいるかもしれないという思いもあって、できるだけ隠さないで全部書こうと思いました。

ーー介護中に、相手に怒ってしまった自分が許せなくなる、という話は聞いたことがあります。

黒田:感情が剥き出しになってしまうのは仕方のないことですし、だからといって自分を責めないでほしいなと思います。とくに終末期を迎えて目が離せなくなると、自分と相手だけの世界に入り込んでしまい、孤立して取り残されたような気持ちになるんです。僕もそうでした。だからこそ、そういうときに介護から少し離れて、気晴らしができる場所があるといいと思いますね。

ーー本書は、どんべえくんが旅立つ4日前から書かれています。緊迫感のある壮絶な記録から始まりますが、なぜこのような構成にしたのでしょうか。

黒田:曽我部恵一さんからいただいた帯コメントに、「出会いはだいたい似たようなもの。だけど別れ方は何百万通りもあるんだ」という一節があるんです。その言葉の通り、僕もどんべえとは、ごく普通にペットショップで出会っています。でも、別れは僕だけが経験した、唯一無二のものでした。本書では、まずその別れの場面を読んでいただきたいと考えて、あえてそこから始める構成にしました。

ーー本書では、どんべえくんが旅立ったあとの「ペットロス」についても、詳しく書かれていました。実際に経験されて、ご自身の感情はどのように変化していったのでしょうか?

黒田:どんべえがシニアになったころから、いなくなったあとはどんな気持ちになるのだろうかと、意識するようになりました。関連本を読んだりして、覚悟を決めようと思っていたのですが、実際に直面しないとわからないことも多かったです。

 どんべえが旅立ったときは、「どんべえも僕たちもよく頑張った」「本当に大変だったけど、無事見送れてよかった」と感じていました。でも数週間経つと、「もっとこうしたらよかったんじゃないか」「あのときああしていたら、もっと長生きできたんじゃないか」と、後悔が押し寄せてきて、落ち込み、自分に対して怒りが湧いてきます。そしてその苛立ちを誰かにぶつけないと、耐えられないような状態になりました。あのころの僕は、何か“怒るきっかけ”を探していたような気がします。

ーー気持ちが落ち着いたのはいつごろでしょうか?

黒田:どんべえが旅立ってから1年くらいは気持ちの浮き沈みが激しかったのですが、一周忌や三回忌など節目の日を迎えるごとに、徐々に凪いでいったように感じます。

 本にさせていただくとなったときに、愛犬が旅立つ前の心構えについて書けたらいいですねという話を、編集さんとしていたんです。でも、悲しみを和らげる方法ってないんですよね。逆に悲しみや痛みに蓋をしてしまうと、どんべえとの思い出も、どこかに行ってしまうような気がしたんです。もちろん悲しみを受け入れるのはとても辛いですが、本として残すことで、「自分と同じ人もいるんだ」と知ってもらえたらと思いました。

ーー黒田さんは現在、保護猫の預かりボランティアも行い、動物との暮らしを続けていますよね。改めて、動物と生きることの素晴らしさは、どこにあると思いますか?

黒田:動物は言葉が通じないからこそ不便なこともありますが、どんべえとの日々を通して、「言葉」以外の部分で絆が深まっていくことを実感しました。どんべえも言葉がわからないからこそ、「何を考えているんだろう」「何をしようとしているんだろう」と、僕のことをじっと見ていたんだと思います。僕も同じように、どんべえが何を考えているのかをいつも考えていました。

 そうやってお互いに相手のことを考え続けて、ふと気持ちが通じた瞬間がすごく嬉しいんです。それこそが、動物と暮らすことの素晴らしさなのだと感じています。

 だから、この本はこれから犬や猫など、動物と暮らしたいと思っている人にも読んでもらえたら嬉しいですね。動物は、どうしても人間より先に旅立ってしまいます。でも、いつか別れが訪れるとわかっているからこそ、その時間は本当に尊いものです。

 動物と暮らすことでしか得られない学びや経験はたくさんあります。僕自身、どんべえと18年間一緒に暮らして、そんな経験をさせてもらえたこと自体が、本当にありがたいことだったんだと感じています。この本を通して、そのことが少しでも伝わったら嬉しいですね。

■書誌情報
『きみがぼくになるまで 犬と家族になって一生を見届けた18年』
著者:黒田隆憲
価格:1,980円
発売日:2026年3月26日
出版社:KADOKAWA

関連記事

リアルサウンド厳選記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「インタビュー」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる